書評

『カフカの父親』(白水社)

  • 2018/11/09
カフカの父親 / トンマーゾ・ランドルフィ
カフカの父親
  • 著者:トンマーゾ・ランドルフィ
  • 翻訳:米川 良夫,竹山 博英,和田 忠彦,柱本 元彦
  • 出版社:白水社
  • 装丁:新書(276ページ)
  • 発売日:2018-11-06
  • ISBN:4560072205
内容紹介:
幻想と現実の奇妙なブレンド 文豪ゴーゴリの妻は空気の量によって自在にその姿を変えるゴム人形だった! グロテスクなユーモア譚「ゴーゴリの妻」。カフカの死んだ父親が巨大な蜘蛛となって現れる「カフカの父親」。音の重さや固さ、色彩、味や匂いについての考察「『通俗歌唱法教本』より」。イギ… もっと読む
幻想と現実の奇妙なブレンド

文豪ゴーゴリの妻は空気の量によって自在にその姿を変えるゴム人形だった! グロテスクなユーモア譚「ゴーゴリの妻」。カフカの死んだ父親が巨大な蜘蛛となって現れる「カフカの父親」。音の重さや固さ、色彩、味や匂いについての考察「『通俗歌唱法教本』より」。イギリス人の船長から一年間習ったペルシャ語は実際には世界中のどこにも存在しない言葉だった……「無限大体系対話」など、カルヴィーノ、ブッツァーティと並ぶイタリア文学の異才ランドルフィの途方もない奇想とナンセンス、特異な言語感覚に満ちた短篇を集成。奇怪な幻想、残酷な寓話から擬似科学的なパロディ、さらには日常的な題材、回想記まで、自在な語り口で物語を紡ぎだす孤高の天才の不思議な世界。奇妙な乗組をのせた船の超現実主義的な航海を描く「ゴキブリの海」を追加収録した決定版傑作集。

羽生名人ならびに小説における定跡について

羽生名人と対談をした。二回目だ。前回もそうだったが、羽生さんとは話が合うのである(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1996年頃)。

どちらも天才だからだろうか(ウソウソ)。わたしとしては、将棋の天才の頭の中がどうなっているのか興味津々でいろいろ聞き出そうとするのだが、なかなかうまくいかない。やっぱり将棋をやらなくちゃわからないのかもしれない。

「ずいぶん昔、たとえば江戸時代の手なんかで参考になることはありますか」

「ありません。参考になるのは近代になってからですね」

やはり、将棋も言文一致以降でなくては「読む」理由がないのである。

「近代以降の作戦で、当時評価されずに後になってすごかったというようなことはあるんですか」

「升田さんの手はそうです。いまから考えるとすごい手だったけど、当時は理解されなかったんですね」

やはり、将棋界にもランボーやロートレアモンはいたのである。

「作戦に流行なんてあるんですか」

「あります。別に特許なんかないんで、誰かがいい手を指すと、パッと一気に流行ったりします」

やはり、……。

ところで、羽生さんに、棋士はふだんどうやって練習するのかとたずねた。過去にいろんな人が戦った戦跡をパソコンなんかで検討したり、時には同じ局面を指してみたりすると羽生さんは教えてくれた。

なるほど。小説を読んでいて、わたしもまたしょっちゅう同じようにその人の手を検討したりしている。自らの作品中で、同じ局面を指したりもするものなあ――というようなことを、トンマーゾ・ランドルフィの短編集『カフカの父親』(米川良夫・和田忠彦・柱本元彦訳、国書刊行会のち白水社)を読みながら、わたしは考えていた。

女中を自分でも止められぬ感情のままにイジメる「マリーア・ジュゼッパ」は、同じ手を太宰治が『黄金風景』の中で指していたし、音の重さや熱さや色や匂いや形を詳述する「『通俗歌唱法教本』より」はカルヴィーノが『柔かい月』で指した手の見本だったらしい。殺人犯が、論理的に考えすぎて捕まってしまう「ころころ」も、後にカルヴィーノが指した手だし、惚れ込んで『ランドルフィ名作選』を編纂しただけのことはあると妙な感心の仕方をしてしまったのだった。

ところで、いちばん面白い「ゴーゴリの妻」に出てくるゴーゴリの妻は人間ではなく(正体は読んでのお楽しみ)、それがゴーゴリの苦悩の源泉となっている。もちろん、この指し手はランドルフィの思いついた手ではなく、小説の定跡なのだが、こういう名作を読んでいると定跡も悪くないなあとか、この定跡を使ってみたいなあと小説家なら誰だって思うだろう。

実は、竣工間近のわたしの『ゴーストバスターズ』も、基本的には小説の定跡を踏みつつ、(これもまた小説家なら誰だってそう思うだろうが)新たな指し手を作り上げるつもりだった。

ところが! ある日、スティーヴン・キングの『ガンスリンガー』を読んでいてびっくり。わたしが新手の積もりで指していた手にたいへん似ていたのである。まずい。こんな作品がわたしのより先に出てるんじゃあ、キングを真似したと思われる!しかし、読み終えて、キングの新手は、わたしのとはよく似てはいるが発想がまるで違うことがわかってホッとしたのだった。

うーん、また出版されていない作品に触れてしまった。とにかく、キングの『ガンスリンガー』はすごいです。

※新版『カフカの父親』(白水社)は2018年11月5日発売

【この書評が収録されている書籍】
いざとなりゃ本ぐらい読むわよ / 高橋 源一郎
いざとなりゃ本ぐらい読むわよ
  • 著者:高橋 源一郎
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:単行本(253ページ)
  • 発売日:1997-10-00
  • ASIN: 4022571926
内容紹介:
どんな本にも謎がある。世界一の文学探偵タカハシさんが読み解く本の事件簿、遂に登場。

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カフカの父親 / トンマーゾ・ランドルフィ
カフカの父親
  • 著者:トンマーゾ・ランドルフィ
  • 翻訳:米川 良夫,竹山 博英,和田 忠彦,柱本 元彦
  • 出版社:白水社
  • 装丁:新書(276ページ)
  • 発売日:2018-11-06
  • ISBN:4560072205
内容紹介:
幻想と現実の奇妙なブレンド 文豪ゴーゴリの妻は空気の量によって自在にその姿を変えるゴム人形だった! グロテスクなユーモア譚「ゴーゴリの妻」。カフカの死んだ父親が巨大な蜘蛛となって現れる「カフカの父親」。音の重さや固さ、色彩、味や匂いについての考察「『通俗歌唱法教本』より」。イギ… もっと読む
幻想と現実の奇妙なブレンド

文豪ゴーゴリの妻は空気の量によって自在にその姿を変えるゴム人形だった! グロテスクなユーモア譚「ゴーゴリの妻」。カフカの死んだ父親が巨大な蜘蛛となって現れる「カフカの父親」。音の重さや固さ、色彩、味や匂いについての考察「『通俗歌唱法教本』より」。イギリス人の船長から一年間習ったペルシャ語は実際には世界中のどこにも存在しない言葉だった……「無限大体系対話」など、カルヴィーノ、ブッツァーティと並ぶイタリア文学の異才ランドルフィの途方もない奇想とナンセンス、特異な言語感覚に満ちた短篇を集成。奇怪な幻想、残酷な寓話から擬似科学的なパロディ、さらには日常的な題材、回想記まで、自在な語り口で物語を紡ぎだす孤高の天才の不思議な世界。奇妙な乗組をのせた船の超現実主義的な航海を描く「ゴキブリの海」を追加収録した決定版傑作集。

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 1996年頃

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