書評

『茂田井武美術館 記憶ノカケラ』(玄光社)

  • 2022/04/03
茂田井武美術館 記憶ノカケラ / 茂田井武
茂田井武美術館 記憶ノカケラ
  • 著者:茂田井武
  • 出版社:玄光社
  • 装丁:単行本(160ページ)
  • 発売日:2017-05-27
  • ISBN-10:4768308619
  • ISBN-13:978-4768308615
内容紹介:
絵本『セロひきのゴーシュ』(福音館書店)などで知られる茂田井武は、天才と称されながら、短い活躍ののち48歳の若さで逝去。20代にシベリア鉄道で渡仏した茂田井は、パリの日本人会で働きな… もっと読む
絵本『セロひきのゴーシュ』(福音館書店)などで知られる茂田井武は、天才と称されながら、短い活躍ののち48歳の若さで逝去。20代にシベリア鉄道で渡仏した茂田井は、パリの日本人会で働きながら独学で絵を描き、日々の生活を画帳に描き留めました。帰国後はさまざまな職に就いたのち、成人向けの雑誌「新青年」で挿絵を描き始めます。戦後約10年のあいだには子どもの本を中心に、膨大な仕事に取り組み、晩年は病床で絵を描き続けました。
本書には、代表作の絵本『セロひきのゴーシュ』をはじめ、パリで描かれた幻の画帳、絵物語、自身の子どもと描いた絵など、約200点を収録し、茂田井の全貌がわかる画集となっています。旅の画帳、流浪の詩、幼年の輝き、物語る絵など、時代やタッチの変遷を追って茂田井の魅力を紹介します。茂田井のぬくもりのある筆致や詩情あふれるモチーフは、現在も多くのファンを魅了し続けています。
【寄稿】
奈良美智/おーなり由子/及川賢治(100%ORANGE)/片山健/ささめやゆき/荒井良二/柴田元幸
※本書は、2008年に株式会社講談社より刊行された『茂田井武美術館 記憶ノカケラ』の待望の復刻版になります。カバー、表紙のイメージが刷新されています。
昨年(’08年)の秋の日曜日のことだった。画家・茂田井武(もたいたけし)の回顧展を見にでかけた。雨の降りしきる中、思い切って見に行ってよかった。何とも愉しく、せつなく、胸の奥を揉まれる気分にひたれたのだった。

その回顧展は茂田井武の生誕百年を記念して開かれたものだった。一九〇八(明治四十一)年に生まれ、一九五六年に四十八歳で亡くなった人だから、最晩年の作品でも半世紀以上前に描かれたわけだが、ちっとも古くさくない。カワイイ。新しい。ショップで茂田井グッズ(カードやバッジ)を買い込まずにはいられなかった。

そんな今風の魅力をたたえながらも、決して浮薄に流れてはいない。どこか心の深いところ――魂に訴えてくるような絵なのだった。

この『茂田井武美術館 記憶ノカケラ』(講談社、ALL REVIEWS事務局注:2017年に玄光社より復刻)という本も生誕百年を記念して出版されたもの。二〇〇点に及ぶ作品が収録されているばかりではなく、その得がたい人物像もよく伝えている。

茂田井武は美術界の権威的な部分とはまったく無縁に生きた。児童向けの雑誌や本を中心に挿し絵・装丁・広告などを手がけた。その作品の数かずを見ると、「巧い」「芸術的」「深刻」に見られることを厭がっているかのようだ。

こんなエピソードがある。「(茂田井は)子どもの描く素朴で自由な表現を愛した。自分の絵は惜しげもなく捨てるが、子どもたちの描いた絵は大切に保存していた。児童画の模写もよくし、なかには子どもとの合作や、どちらが作者か判別に悩む作品もある」。私が特に好もしく思うのは「自分の絵は惜しげもなく捨てるが」というところ。「私」への執着よりも「無心」への憧れが強かった人だと思う。

茂田井武は詩人の心を持つ人でもあって、『宝船』と題された絵物語は、中学時代の夏休みに千葉の寺で過ごした思い出を絵に文にしたもの。その時の風や雨音まで感じられ、しみじみと美しい。

人生のある一瞬の記憶は、茂田井武の中心モチーフになっていて、彼自身、こんなふうに書きとめている。「記憶ノ一切ヲ悉(ことごと)ク大鍋二入レ、ジックリト火ニカケ、ユックリカキマハシカキマハシテハ ネリコネッテ、ウマイヨーカンニスル」――。絵物語『宝船』は、まさに「うまい羊糞」なのだった。

巻末には、『巴里の子供』と題された特別付録あり。切り取ってたたむと小さな絵本になるというもの。

茂田井は二十二歳から三年間をパリで過ごした(わが憧れの一九三〇年代前半のパリだ!)。その記憶を楽しみながら、茂田井は貧しい暮らしの中で三歳の長女のためにこんな絵本を手作りしていたのだった。贅沢、と思う。

【この書評が収録されている書籍】
アメーバのように。私の本棚  / 中野 翠
アメーバのように。私の本棚
  • 著者:中野 翠
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(525ページ)
  • 発売日:2010-03-12
  • ISBN-10:4480426906
  • ISBN-13:978-4480426901
内容紹介:
世の中どう変わろうと、読み継がれていって欲しい本を熱く紹介。ここ20年間に書いた書評から選んだ「ベスト・オブ・中野書評」。文庫オリジナルの偏愛中野文学館。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

茂田井武美術館 記憶ノカケラ / 茂田井武
茂田井武美術館 記憶ノカケラ
  • 著者:茂田井武
  • 出版社:玄光社
  • 装丁:単行本(160ページ)
  • 発売日:2017-05-27
  • ISBN-10:4768308619
  • ISBN-13:978-4768308615
内容紹介:
絵本『セロひきのゴーシュ』(福音館書店)などで知られる茂田井武は、天才と称されながら、短い活躍ののち48歳の若さで逝去。20代にシベリア鉄道で渡仏した茂田井は、パリの日本人会で働きな… もっと読む
絵本『セロひきのゴーシュ』(福音館書店)などで知られる茂田井武は、天才と称されながら、短い活躍ののち48歳の若さで逝去。20代にシベリア鉄道で渡仏した茂田井は、パリの日本人会で働きながら独学で絵を描き、日々の生活を画帳に描き留めました。帰国後はさまざまな職に就いたのち、成人向けの雑誌「新青年」で挿絵を描き始めます。戦後約10年のあいだには子どもの本を中心に、膨大な仕事に取り組み、晩年は病床で絵を描き続けました。
本書には、代表作の絵本『セロひきのゴーシュ』をはじめ、パリで描かれた幻の画帳、絵物語、自身の子どもと描いた絵など、約200点を収録し、茂田井の全貌がわかる画集となっています。旅の画帳、流浪の詩、幼年の輝き、物語る絵など、時代やタッチの変遷を追って茂田井の魅力を紹介します。茂田井のぬくもりのある筆致や詩情あふれるモチーフは、現在も多くのファンを魅了し続けています。
【寄稿】
奈良美智/おーなり由子/及川賢治(100%ORANGE)/片山健/ささめやゆき/荒井良二/柴田元幸
※本書は、2008年に株式会社講談社より刊行された『茂田井武美術館 記憶ノカケラ』の待望の復刻版になります。カバー、表紙のイメージが刷新されています。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

家庭画報

家庭画報 2009年9月号

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