書評
『花さき山』(岩崎書店)
「花さき山」に花が咲くとき
作家の柳田邦男さんにお目にかかったとき、「絵本は、人生で三度読むものですよ。一度目は子ども時代、二度目は親になったとき、三度目は人生の後半に自分のために……」というお話をうかがった。ちょうど今の自分は、親になって、絵本と二度目の出会いをしているところだ。『花さき山』は、名古屋の叔母からプレゼントされたもの。「人生後半の愛読書」なのだと言う。
主人公のあやは、山のなかで道に迷う。そして一面に花の咲くところで、山ンばに出会い、なぜこのように花が咲いているかを教えられる。
「この花は、ふもとの村のにんげんが、やさしいことをひとつするとひとつさく」。
あやの足もとに咲いている赤い花。それは、あやが妹のために、祭りの着物を我慢したときに咲いたものだった。
人が人として大切なことをしたとき、そのご褒美(ほうび)が「人知れず山のなかで花が咲く」というところが、いい。何かをもらえるとか、いいことがあるとか、みんなに褒められるとか、ではない。人知れず、花が、咲く。そのことを誇りに思い、嬉しく感じられなくては、そのやさしさは本物のやさしさとは言えないだろう。
切り絵の力強い線と、簡潔な色も、この絵本の魅力だ。「花さき山」のメッセージを、静かな迫力をたたえながら、伝えてくれる。
幼い息子も、じっと耳をかたむけてくれた。見開き一面の花のページにきたとき、「このなかに、自分が咲かせた花、あると思う?」と聞いてみると、しばし沈黙。やがて青い花を指さした。
「この花?」
「うん。このまえ、りんくんに、あおいくまちゃん、かしてあげたから」
りんくんは、一歳年下のいとこだ。よく遊び、よくケンカもする。
「ねえ、この白い花も、そうかもしれないよ」と、今度は私が指をさした。
「なんで?」
「幼稚園の先生から聞いたんだけど、おともだちが牛乳をこぼして泣いちゃったとき、自分からぞうきんを持ってきて、一緒に拭(ふ)いてあげたんだって? そのとき、きっと咲いたと思うなあ」
ちょっと恥ずかしそうに、でも神妙な顔をして聞いている息子。これからも、いろんな花を、咲かせていってほしいなと思う。
七十歳近い叔母、子育て中の私、そして幼い子ども。『花さき山』は、人生のどの段階で出会っても、心にうるおいを与えてくれる、そんな絵本だ。
花ことば「やさしい」という青い花一輪胸に咲かせて眠る
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞 2007年9月27日
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