書評
『パサージュ論』(岩波書店)
舌切りスズメの童話でお爺さんとお婆さんがもらったつづらに入っていたおみやげは、実は同じものだったのではなかろうか。つまり、お婆さんにとってはゴミか有象無象に見えたものが、お爺さんにとっては宝の山と映ったということである。
ベンヤミンがナチに追われてパリを去る直前にジョルジュ・バタイユに託した、『パサージュ論』の膨大な草稿についても、これと全く同じことがいえる。すなわち、パサージュ(=通り抜けのアーケード)、万国博覧会、遊歩者、モード、室内などといった、従来は文化的ファクターとさえ見なされていなかった要素に着目することで、逆に、「近代性」の原点である十九世紀パリが照射できるのでないかと考えたベンヤミンが国立図書館にこもって作り上げた無数の引用と短い要約だけから成る本書は、一見、無意味な資料の山にしか見えないにもかかわらず、引用と引用が併置されたときに生まれる磁力のようなものに敏感に反応する人間には宝の山と映るということである。
実際、なんという魅力的な引用の洪水であろうか。三文作家やごろつきジャーナリストが書き残したにすぎないパリの探訪記事が、ベンヤミンの手によって見いだされ、切り取られ、「流行品店」「鉄骨建築」「パノラマ」などという意外な項目の書かれた袋の中にまとめられたとき、それはシュールレアリストのコラージュのように、本来の使用価値を離れて、新しい価値をもち始めるのである。
しかも、なんともうれしいことに、思っていたよりも、はるかに多くのベンヤミン自身の言葉が引用の間にはさまれている。
もちろんこうした短い覚え書きだけではなく、多少長めの考察もある。たとえば「モード」の項の次のような省察はモードの重要性を指摘した先駆的な発言ではなかろうか。
まったく、引用していると、ベンヤミンの引用の魔が乗り移ってきて、次々にお目にかけたい文句があらわれてくるのでここらでやめておくが、思想というものが書かれた量ではなく質で判断されるべきなら、引用の間に時としてあらわれるベンヤミンの一句は、ゆうに数巻の書物に匹敵するといっていい。
ゴミの山か宝の山か、判定は読者にまかされている。訳文は、十分にこなれていて読みやすい。
【この書評が収録されている書籍】
ベンヤミンがナチに追われてパリを去る直前にジョルジュ・バタイユに託した、『パサージュ論』の膨大な草稿についても、これと全く同じことがいえる。すなわち、パサージュ(=通り抜けのアーケード)、万国博覧会、遊歩者、モード、室内などといった、従来は文化的ファクターとさえ見なされていなかった要素に着目することで、逆に、「近代性」の原点である十九世紀パリが照射できるのでないかと考えたベンヤミンが国立図書館にこもって作り上げた無数の引用と短い要約だけから成る本書は、一見、無意味な資料の山にしか見えないにもかかわらず、引用と引用が併置されたときに生まれる磁力のようなものに敏感に反応する人間には宝の山と映るということである。
実際、なんという魅力的な引用の洪水であろうか。三文作家やごろつきジャーナリストが書き残したにすぎないパリの探訪記事が、ベンヤミンの手によって見いだされ、切り取られ、「流行品店」「鉄骨建築」「パノラマ」などという意外な項目の書かれた袋の中にまとめられたとき、それはシュールレアリストのコラージュのように、本来の使用価値を離れて、新しい価値をもち始めるのである。
しかも、なんともうれしいことに、思っていたよりも、はるかに多くのベンヤミン自身の言葉が引用の間にはさまれている。
商業のロートレアモンとランボーに及ぼした影響を跡づけてみることが必要である!
ボードレールの『大都会の宗教的陶酔』について。百貨店とはかかる陶酔に捧げられた寺院である
もちろんこうした短い覚え書きだけではなく、多少長めの考察もある。たとえば「モード」の項の次のような省察はモードの重要性を指摘した先駆的な発言ではなかろうか。
哲学者がモードに熱烈な関心をそそられるのは、モードがとてつもなく未来を予感させてくれるからである。(……)新しいシーズンが来れば、その最新の服飾のうちには来るべきものを告げるなんらかの秘密の旗印が必ず含まれている。その信号を読む術を心得ている者ならば、芸術の最新の傾向ばかりでなく、新しい法典や、戦争や革命のことまで予(あらかじ)め先取りして分かってしまうことだろう
まったく、引用していると、ベンヤミンの引用の魔が乗り移ってきて、次々にお目にかけたい文句があらわれてくるのでここらでやめておくが、思想というものが書かれた量ではなく質で判断されるべきなら、引用の間に時としてあらわれるベンヤミンの一句は、ゆうに数巻の書物に匹敵するといっていい。
ゴミの山か宝の山か、判定は読者にまかされている。訳文は、十分にこなれていて読みやすい。
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