書評
『日本銀行と政治-金融政策決定の軌跡』(中央公論新社)
秩序のゆらぎ、生き生きと描く
政治であれ、経済であれ、どんなシステムも秩序が維持されて初めてうまく機能する。秩序維持には、生命の安全、信義、そして財産権の保護が不可欠である。日銀の目的である「金融システムの安定」(もう一つは「通貨価値の安定」)は、信義が守れなくなると、不安定化する。最初の綻(ほころ)びは1971年の金とドルの交換停止(ニクソンショック)だった。その後の列島改造ブームと石油危機に端を発した狂乱物価、ついで80年代に生じた土地・株式の巨大バブル、そしてその崩壊過程で問題先送りの結果生じた金融システム危機とデフレ……これらの危機に直面して日銀は独立性の確保に苦慮しながら、いかにポピュリズムに陥りやすい政治とたたかってきたのか、そしてなぜ「最終的にはリフレ論者に執行部を乗っ取られ、『異次元緩和』の実施に追い込まれた」のか、本書はあたかも現場にいたかのように生き生きと描いている。
ハッとしたのは「民主党が変節(略)まさに民主党政権が、アベノミクスへの道を舗装した」というくだりである。野党時代の民主党は、量的緩和は効果がないという日銀を支持していた。しかし、政権を奪取した民主党はインフレ目標を掲げ金融緩和を模索し始める。評者が民主党政権下で霞が関にいたとき、日銀との共同声明「デフレ脱却に向けた取組について」の発表を聞き、とても違和感を覚えた。豹変(ひょうへん)の理由は詳しく本書に書かれている。
民主党は信義をどのように考えているのか。同様に、国債購入を制限する「銀行券ルール」をこれまで自らに厳格に課してきた日銀は、黒田体制になると「一時的」に停止した。「一時的」なら1年がめどと思ったが、もう2年になる。似非(えせ)リアリズムの下、信義がいとも簡単に破られていく。これを「歴史の危機」といわずしてなんというのか。著者の悲痛が伝わってくる。
朝日新聞 2014年12月21日
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