書評

『大英自然史博物館 珍鳥標本盗難事件―なぜ美しい羽は狙われたのか』(化学同人)

  • 2019/10/05
大英自然史博物館 珍鳥標本盗難事件―なぜ美しい羽は狙われたのか / カーク・ウォレス・ジョンソン
大英自然史博物館 珍鳥標本盗難事件―なぜ美しい羽は狙われたのか
  • 著者:カーク・ウォレス・ジョンソン
  • 翻訳:矢野 真千子
  • 出版社:化学同人
  • 装丁:単行本(384ページ)
  • 発売日:2019-08-07
  • ISBN-10:4759820132
  • ISBN-13:978-4759820133
内容紹介:
●本書に寄せられた賛辞「博物館侵入事件,進化論の発見,絶滅の危機に瀕した鳥たち,そして毛針作りにとりつかれた者たちが巣くう地下世界――無関係に見える話題を見事にまとめあげた犯罪実話… もっと読む
●本書に寄せられた賛辞
「博物館侵入事件,進化論の発見,絶滅の危機に瀕した鳥たち,そして毛針作りにとりつかれた者たちが巣くう地下世界――無関係に見える話題を見事にまとめあげた犯罪実話だ」
――マーク・アダムス(『マチュピチュ探検記』著者)

「一見すると地味で埋もれてしまいそうな事件を題材に,つぎからつぎへと繰り出される洞察と驚き.最初から最後まで魅力に満ちた一冊」
――マイケル・フィンケル(『ある世捨て人の物語』著者)

「犯罪そのものだけでなく,文化遺産の重要性について多くのことを教えてくれる」
――エリザベス・マーシャル・トーマス(『犬たちの隠された生活』著者)

「魅了される……この犯罪をめぐって著者が取り上げた何もかもがストーリーテリングの極みだ」
――カーカス

「科学,歴史,犯罪ドキュメンタリー好きの読者にアピールするページターナー」
――パブリッシャーズ・ウィークリー

2009年6月.ロスチャイルド家がヴィクトリア時代に創設した博物館から,約300羽の鳥の標本が消えた.
世にも美しい鳥が行きついた先は,希少な羽で毛針を制作する愛好家たちの世界だった!
この突拍子もない盗難事件を偶然知った著者は,最初は好奇心から,やがては正義感から,事件の調査に乗り出す.
羽毛をめぐる科学史と文化史,毛針愛好家のモラルのなさと違法取引,絶滅危惧種の保護問題,そして未来へのタイムマシンとなりうる標本と,それを収集・保存する博物館の存在意義.
スピーディーに展開される犯罪ルポルタージュ.

?Amazon.com,BuzzFeed,Forbesなどで,2018年の年間ベストブックに選出!
?2019年アメリカ探偵作家クラブ賞ノンフィクション部門,2019年英国推理作家協会ゴールド・ダガー賞にノミネート!
?『ネイチャー』,『サイエンス』,『ニューヨーク・タイムズ』,『ウォール・ストリート・ジャーナル』などでも絶賛レビュー掲載!

現代社会のあり方を逆照射

十六文字も漢字が並んだ表題は珍しい。博物館から珍鳥の標本が盗まれるという、珍しい事件にふさわしいというべきか。原題は単純に「羽毛泥棒」である。

二〇〇九年六月、ロンドン郊外トリングにある大英自然史博物館の分館から、二九九体の鳥の標本が盗まれた。犯人はアメリカ生まれ、ロンドン王立音楽院でフルートを学ぶ学生、エドウィン・リストである。まだ二十歳になっていなかったはずである。

著者はこの事件に強い関心を抱いた。米軍撤退後のイラクで、米国に移住や亡命を希望する人たちの世話をする仕事に疲れて、フライ・フィッシング、つまり渓流釣りを始めたからである。釣りはストレスの解消に非常に良かった。その時のガイドから毛針のことを学んだ。

フライ、すなわち毛針は、じつに凝ったものである。日本では渓流に住む虫に似せたものも多い。しかし十九世紀の英国では、鳥の羽毛を利用した。これがなんとも美しい。ほとんど芸術品、細工物である。そのためにとくに美しい鳥の羽を使った。どのようなものか、説明してもムダであろう。本書には写真が入っているから、それを見れば一目でわかる。エドウィンは子どもの頃から毛針に魅入られ、毛針作りの才能を発揮し、愛好者から将来を嘱望されていた。

エドウィンはトリングの博物館の窓ガラスを破って侵入し、標本はスーツケースに入れて持ち去った。フウチョウやヒヨクドリのような美しい羽の鳥である。フウチョウは極楽鳥という一般名で知られている。こうした鳥の羽の一部が毛針に使われる。その部分だけを取って、愛好家に売ることもできる。数万円から数十万円の値段が付く。

盗難の発見はやや遅れたが、エドウィンは逮捕され、一切を自供する。ただし盗品の一部はすでに手が付けられ、ラベルが外されていた。無傷で戻ったのは一〇二点だった。エドウィンは裁判にかけられるが、アスペルガー症候群だという弁護側の主張が認められ、執行猶予付きの判決となった。

以上は事件の筋書きである。しかし本書はそれだけを述べているわけではない。まず歴史的な背景がある。毛針の歴史を詳しく知らないと、なぜ特定の鳥の羽だけが珍重されるのか、それがわからない。さらにそのまた背景には、羽が商業的に一般に出回った、大英帝国最盛期の社会状況がある。一羽の鳥全体を帽子にするというファッションまで生じ、一部の鳥の羽毛は金と似た価格がついた。

トリングの博物館分館は、ウォルター・ロスチャイルドの個人的な博物館だった。ウォルターの死後、自然史博物館に寄贈された。ウォルターは蝶(ちょう)の蒐集(しゅうしゅう)で著名で、標本はいまでは自然史博物館の本館に移され、トリングは鳥類部門になっている。いったい博物学の標本を保存する意味はどこにあるのか。取材の過程で著者はその議論にも出会う。

人はさまざまな自然物に強い関心を抱く。私は虫が好きだから、それはよくわかる。毛針の場合には、それが芸術作品や工芸品への情熱とも結びつく。さらにそれが経済や法律という、社会の約束事と関わり合う結果となる。博物館の鳥の標本を盗むというのは、ふつうの人の生活とは無関係な、いわば社会の辺縁の出来事であろう。それを描くことによって、著者は歴史を含めて、現代社会のあり方を逆照射していく。そこがじつに興味深いのである。
大英自然史博物館 珍鳥標本盗難事件―なぜ美しい羽は狙われたのか / カーク・ウォレス・ジョンソン
大英自然史博物館 珍鳥標本盗難事件―なぜ美しい羽は狙われたのか
  • 著者:カーク・ウォレス・ジョンソン
  • 翻訳:矢野 真千子
  • 出版社:化学同人
  • 装丁:単行本(384ページ)
  • 発売日:2019-08-07
  • ISBN-10:4759820132
  • ISBN-13:978-4759820133
内容紹介:
●本書に寄せられた賛辞「博物館侵入事件,進化論の発見,絶滅の危機に瀕した鳥たち,そして毛針作りにとりつかれた者たちが巣くう地下世界――無関係に見える話題を見事にまとめあげた犯罪実話… もっと読む
●本書に寄せられた賛辞
「博物館侵入事件,進化論の発見,絶滅の危機に瀕した鳥たち,そして毛針作りにとりつかれた者たちが巣くう地下世界――無関係に見える話題を見事にまとめあげた犯罪実話だ」
――マーク・アダムス(『マチュピチュ探検記』著者)

「一見すると地味で埋もれてしまいそうな事件を題材に,つぎからつぎへと繰り出される洞察と驚き.最初から最後まで魅力に満ちた一冊」
――マイケル・フィンケル(『ある世捨て人の物語』著者)

「犯罪そのものだけでなく,文化遺産の重要性について多くのことを教えてくれる」
――エリザベス・マーシャル・トーマス(『犬たちの隠された生活』著者)

「魅了される……この犯罪をめぐって著者が取り上げた何もかもがストーリーテリングの極みだ」
――カーカス

「科学,歴史,犯罪ドキュメンタリー好きの読者にアピールするページターナー」
――パブリッシャーズ・ウィークリー

2009年6月.ロスチャイルド家がヴィクトリア時代に創設した博物館から,約300羽の鳥の標本が消えた.
世にも美しい鳥が行きついた先は,希少な羽で毛針を制作する愛好家たちの世界だった!
この突拍子もない盗難事件を偶然知った著者は,最初は好奇心から,やがては正義感から,事件の調査に乗り出す.
羽毛をめぐる科学史と文化史,毛針愛好家のモラルのなさと違法取引,絶滅危惧種の保護問題,そして未来へのタイムマシンとなりうる標本と,それを収集・保存する博物館の存在意義.
スピーディーに展開される犯罪ルポルタージュ.

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?2019年アメリカ探偵作家クラブ賞ノンフィクション部門,2019年英国推理作家協会ゴールド・ダガー賞にノミネート!
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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2019年9月8日

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