過酷な冬を生き抜く人々の自然と対話し、自然を尊ぶ営み
薪を、自分で割ったことはない。でも、外で薪を焚いたことはあり、薪の火には何度も温めてもらった。雪のちらつく山小屋に泊まった数日間は、薪は命綱そのものだと知った。もしも薪が絶えたら孤立して凍える。床下の薪の数を把握し、計算しながら使うことを覚えた。本書は、ノルウェーの作家による"オールアバウト薪"。薪にまつわる実用と知見がぎっしり詰まった一冊は、薪を生活必需品とする北欧の人々の心に火を点け、ノルウェーとスウェーデンで二十四万部を記録した。二〇一六年、イギリスでは"The Bookseller"誌の「最優秀ノンフィクション大賞」に選出されている。このたびの邦訳版に出会って私も身を起こし、さっそく読んだ。じっさいに薪割りをしなくても、火にまつわる情動は人間の深いところに棲みついているようだ。
薪は、木を伐って、割って乾かし、燃やすだけではないのだった。そうだろうなと推察しつつ、身近に詳細を教えてくれる人も深入りできる本も見つからず、薪や薪焚きに近づく道がなかったのだ。
内容は多岐にわたる。北欧の気候風土や生活、国民性などと薪との関係、森の生態系、薪がもたらす価値や精神的な意味。多分に人類学的な要素を含みながら、かたやチェーンソーや斧などの道具、薪割り台、薪棚、薪の積み方や乾燥法、薪ストーブの種類、着火法、灰掃除にいたるまで、実生活に役立つ技術も網羅する。
全編、発見と知的刺激の連続だ。そのごくごく一部。
〈木の読み方〉
木が自然に生えていたのとおなじ方向から割る。枝が切り立って上向きに生えていた木は、「木の内部で枝がかえしのような状態になっている」ので、逆さ向きに置いて割る。
〈手間いらずの薪割りの工夫〉
薪割り台にタイヤをかませて固定すると、内側に割った薪が溜(た)まり、こぼれ落ちたものを拾う手間が省ける。身体的負担も軽減される。
〈割りにくい原木を割る方法〉
玉切りにした原木の両側の木口に雪をこすりつけておくと、朝日が当たって雪が溶け、その夜溶けた水分が凍るので、翌朝、最初の一撃ですぐ割れる。
〈積み方に関する言い伝え〉
生の薪は、ネズミが通れるくらい緩く積むが、ネコがネズミを追えるほどの隙間は作らないこと。
乾燥具合を確認するための技にも驚かされた。木口を洗剤につけ、逆側から息を吹きこむと、多孔質状になった内部を通って、ぶくぶくと泡が立つという。
薪をめぐるあれこれは、すなわち長く過酷な冬を生き抜くための術。だから、「薪づくりをする人に必要な最大の資質は、薪をできるかぎり乾燥させられるかどうか」。乾燥が中途半端なら、着火具合も燃焼効率も悪く、資材も労力もだいなしになるというわけで、薪は人間の「資質」まで問うてくる。
著者が、車を駆ってノルウェー各地に会いに行った薪人たちの暮らしも描かれる。厳しい自然を相手にしてきた人生からみえてくる、五人五様の人生哲学。篤実な手仕事をつうじて、自然との味のある対話が胸に響く。
スローライフのススメではない。木と薪と人間の深い物語。著者によるふんだんなカラー写真もまたすばらしい。