書評
『BUTTER』(新潮社)
過去を塗り替え蓋をしている女の黒々とした心の闇
ある連続殺人事件をモチーフにした小説だ。ふくよかで、料理好きで、世話焼きの女と交際していた中高年男性たちが、次々と不審死を遂げた。被告人・梶井真奈子、通称「カジマナ」の心の闇が様々な方向から照らされるが、現実の事件の真相解明を主眼としたドキュメンタリー小説ではない。ヒロインはカジマナの独占インタビューをとろうと、東京拘置所通いをする週刊誌記者・町田里佳の方だ。文章密度の高い、濃厚な味わいの料理小説でもある。料理好きはレシピを乞われると喋らずにいられないはず、と親友に入れ知恵された里佳は、カジマナ直伝のバターたっぷりの料理を教わりつつ取材、激太り。美味しいバターを食べると「落ちる感じがする」とカジマナは評するが、まさに里佳は彼女の魔術に落ち、同じ体型と視点と味覚をもつに至る。
いや、それはどうだろう。里佳は途中ではっと気づく。このままではカジマナが見せたいカジマナしか見られない、と。彼女はまず自分に魔法をかけ、記憶と人生を捏造しているからだ。高校の初彼氏は「東京から来た社会人」と供述しているが、実は妹に悪戯をした地元の変質者だった。
しかし心の中で過去を塗り替え蓋をしているのは、カジマナだけではない。変幻する彼女を鏡として、里佳や、取材協力者・伶子の来し方、各々の家族が負ってきた傷、そして現在抱えている恋人との、夫との、仕事上の歪みなどが映しだされてくる。
里佳にも増してカジマナに激迫していく伶子の狂気めいた情動が物語を複層化している。結婚詐欺殺人を題材にしながら、数々の女性同士の関係が抜群におもしろく描けているのも、柚木麻子ならではだ。
複雑な物語の中で大きなキーとなるのは、「セルフネグレクト」だろう。カジマナは三人の男に「手を下していない」と里佳は直観する。それでも、彼女に殺されたことに変わりはない、と。胃腸の弱い方は少しずつ読んでください。カジマナの闇はどんなに照らしてもこってり黒々としている。
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