書評

『21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考』(河出書房新社)

  • 2020/03/14
21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考 / ユヴァル・ノア・ハラリ
21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考
  • 著者:ユヴァル・ノア・ハラリ
  • 翻訳:柴田 裕之
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(472ページ)
  • 発売日:2019-11-19
  • ISBN-10:4309227880
  • ISBN-13:978-4309227887
内容紹介:
『サピエンス全史』『ホモ・デウス』で全世界に衝撃をあたえた新たなる知の巨人による、人類の「現在」を考えるための21の問い。

現在の人類の姿を白日に

今さらながら、デルフォイのアポロン神殿に刻まれた二つの訓戒が思い出される。一つは名高い「汝(なんじ)自身を知れ」であり、もう一つは「度を過ごすなかれ」である。本書をひもとけば、今日にあっても、それらの含蓄が耳に鳴り響くかのようだ。

前々作『サピエンス全史』で人類の過去をふりかえり、前作『ホモ・デウス』で人類の未来を予告した著者が、本書では今現在の人類の姿を白日の下にさらす。21世紀にITとバイオテクノロジーが人類に突きつけてくる課題は、前の時代に蒸気機関や鉄道や電気が突きつけてきた課題より、はるかに大きいという。

20世紀末には共産主義が後退し、自由主義というグローバルな物語が幸運をもたらすかに見えた。たしかに、自由主義は、伝統的な経済成長に頼ることで諸問題を解決してきたが、今や生態系破壊も技術的破壊も解消することができないでいる。むしろ、それらの破壊の原因なのだから深刻だ。

もはや人間は肉体と精神をもつなどと悠長なことを言っていられないのだ。生命科学の明らかにするところでは、体のみならず心も意識も生化学反応の計算式としてのアルゴリズムで解明されるという。これこそAI開発の基礎をなす考え方であり、兵士よりもドローンが、労働者よりもロボットやコンピューターが信頼され、人間の雇用がなくなる大量失業の時代が迫っていると警告する。

それ以上に憂慮されるのは、権限が人間からアルゴリズムに移行し、自由主義への信頼が根こそぎにされ、デジタル独裁制がまかり通るかもしれないことだ。長い間、人間の自由よりも神の言葉は聖なるものと見なされていたが、権限の源泉が天上の神々から生身の人間に移ったのは、過去数世紀のことにすぎない。それなのに、再びアルゴリズムへと権限が移行しそうなのだ。

地球規模での文明を直視すれば、昨今では、異質の文明どうしの衝突というよりも、単一の文明内での兄弟喧嘩(げんか)のようなものではないか。気候変動による生態系の崩壊、コンピューターによる人間の任務の代替、バイオテクノロジーによる人間の能力や寿命の向上のような難題は、21世紀人類全体が宇宙船地球号のごとく取り組むべきである。だが、依然として国益やナショナリズムが優先されそうになるのは、近代の国民国家が行きづまっているということではないだろうか。もはや、個人も国家も問わず、「自己の狭い定義を脱する」ことがサバイバルには必須の手続きではないか、と著者は提案する。

たしかに、ITとバイオテクノロジーの開発は人間から仕事を取り上げかねない。しかし、安定した収入を得ることだけが人生の目的ではない。むしろ、時間の余裕に恵まれて有意義な人生の意味を理解し、快適なコミュニティのなかで生きることができれば、閑暇な時間はむしろ恩恵となるかもしれないのだ。たとえば、子供の養育はこの世で最も重要な仕事であると気づかされることもあるはずだ。そのような至福な目覚めはかつて共産主義の目標でもあったはずだとも思われてくる。

20世紀の現実のなかで、平等を基調とした共産主義世界の営みは無残にも破綻した。だが、ITとバイオテクノロジーをほどよく制御できれば、自由を基調とする共産主義社会の姿も夢ではない。アルゴリズムを不可避とする著者は悲観論に傾きがちであるが、中庸な人間の意志を信じたい評者には、新たな世界の福音とも思えるのだが。
21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考 / ユヴァル・ノア・ハラリ
21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考
  • 著者:ユヴァル・ノア・ハラリ
  • 翻訳:柴田 裕之
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(472ページ)
  • 発売日:2019-11-19
  • ISBN-10:4309227880
  • ISBN-13:978-4309227887
内容紹介:
『サピエンス全史』『ホモ・デウス』で全世界に衝撃をあたえた新たなる知の巨人による、人類の「現在」を考えるための21の問い。

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毎日新聞 2020年2月2日

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