自著解説

『蜂起 〈インティファーダ〉: 占領下のパレスチナ 1967-1993』(東京大学出版会)

  • 2020/05/12
蜂起 〈インティファーダ〉: 占領下のパレスチナ 1967-1993 / 鈴木 啓之
蜂起 〈インティファーダ〉: 占領下のパレスチナ 1967-1993
  • 著者:鈴木 啓之
  • 出版社:東京大学出版会
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2020-03-28
  • ISBN-10:4130363018
  • ISBN-13:978-4130363013
内容紹介:
1987年にパレスチナでなぜイスラエルに対する民衆蜂起(インティファーダ)が起きたのか? パレスチナ人の抵抗の歴史と蜂起の背後にあった構造的な変化を,さまざまな史料を渉猟しスリリングに描き出す.パレスチナ問題に新たな視角を提供する画期的な論考.【第9回東京大学南原繁記念出版賞受賞作】
東京大学出版会が創設した「東京大学南原繁記念出版賞」の第9回受賞作である『蜂起〈インティファーダ〉』が3月に刊行されました。この刊行に際して著者の鈴木啓之先生の解説を特別公開します。

パレスチナではなぜイスラエルに対する民衆蜂起が起きたのか? 第9回東京大学南原繁記念出版賞受賞作『蜂起〈インティファーダ〉』刊行に際して

『蜂起〈インティファーダ〉』というタイトルが編集作業で決まったのは、2019年の末頃であった。執筆作業のなかでも、特に印象深かった瞬間である。なぜならば、このようにアラビア語を全面に打ち出すことができたのは、パレスチナ問題や中東地域に対する日本社会の関心が継続してきたことのあらわれだと思ったからだ。板垣雄三が、『アラブの解放』を刊行したのは、1974年のことである。こちらは、「いまもってなお悔恨」と本人に言わしめる、いわく付きのタイトルであった(2010年3月の公開インタビュー)。本当は、『パレスチナの解放』としたかったのだが、編集の過程で「アラブ」へと置き換えられてしまったのだと言う。もちろん、その後には板垣自身の尽力や社会全体の関心の変化もあって、「パレスチナ」という言葉が日本社会で一般的に知られるようになったことは言うまでもない。

その先例に照らせば、『蜂起〈インティファーダ〉』は、社会の変化を後追いしたタイトルだと言えるかもしれない。先日、ひさびさに実家の書棚から2004年発行の『世界史B用語集(新課程用)』(山川出版社)を見つけた。私自身が大学受験のために買い求め、濃緑やオレンジのマーカーで色づけた1冊である。見ると、「インティファーダ」は11冊の教科書のうち5冊で言及されていたようだ。主要な教科書の、およそ半分という形である。では、その10年後はどうか。私の書棚には、2014年発行の新しい用語集がある。そこには、用語が収集された7冊の教科書すべてに、「インティファーダ」が掲載されていることが明記されていた。この10年ほどを見ても、「インティファーダ」という言葉の知名度は、格段に高まっているのだ。

民衆蜂起を指すアラビア語「インティファーダ」が、多少の知名度を日本社会で獲得したのは、著者である私にとって幸運なことであったと言わねばならない。『蜂起〈インティファーダ〉』は、1987年にイスラエル占領下のヨルダン川西岸地区とガザ地区で発生したパレスチナ人の民衆蜂起インティファーダを題材としつつ、パレスチナ現代史を今までとは少し異なる角度から提示しようと試みたものである。蜂起の発生によって、世界の注目は占領下のパレスチナ人へと集まった。表紙に採用された写真は、ドラム缶を積み上げた簡易バリケードの向こう側から、まさに石を投げようとしているパレスチナ人青年を捉えたものである。投石は、インティファーダのシンボルであった。この写真が象徴するように、インティファーダは、壁の向こう側から占領下のパレスチナ人が世界に声を届けた瞬間だった。

当初、私もそのような民衆蜂起のイメージに導かれて、研究を始めた。ところが、まもなく私の関心は、1つの疑問へと行き着いた。イスラエルによる占領は蜂起の20年前である1967年に始まっていたのではなかったか。ならば、占領下に生きた人びとは、その20年間をどのように過ごしていたのだろうか。この疑問に導かれて、『蜂起〈インティファーダ〉』は書かれた。アラビア語の資料を通して浮かび上がってきたのは、軍事占領という突然の現実に対して、それぞれの方法で立ち向かったパレスチナ人の姿である。占領地となった故郷を離れまいとする住民たちの行動や意思は「スムード」と総称され、20年のあいだに様々な形をとって続けられていた。ある判事は、国際法に則ってイスラエルによる占領が違法であると公開書簡を発表し、非暴力の闘いを挑んだ。また、ある政治家は、イスラエル当局が認可した市議会選挙に参加して市長となり、当局と対峙した。民衆蜂起も、私たちが知っている「インティファーダ」の他にも複数回発生していたことが、資料から浮かび上がった。その一方で、占領当局や隣国ヨルダンと積極的に関係を結ぶことで事態を乗り切ろうとした人物たちも多くいた。人びとは、占領下の20年間を、ただ静かに過ごしていたわけではなかったのだ。

占領下に生きたパレスチナ人の視点を借りてパレスチナ問題を眺めると、パレスチナ解放機構(PLO)のヤースィル・アラファート議長――白と黒の頭巾姿で、教科書でもおなじみの人物だろう――をアイコン的に中心に据えた歴史理解とは別のイメージが浮かび上がってくる。もちろん、アラファートを主人公とした歴史の描き方には、それとしての説得力があることは言うまでもない。しかし、この本の関心は、もちろん別のところにある。回顧録で浮かび上がる個々人の姿と、文書資料で示される社会や組織の動きを融合して、占領下のパレスチナ社会を描き出すとどのような姿になるのか。これが、私が本のなかで強調した点である。書籍の評価は容易には定まらないものだが、この本が読者の手許にながく残るものになって欲しいと願っている。

[書き手]鈴木啓之(東京大学特任准教授)
蜂起 〈インティファーダ〉: 占領下のパレスチナ 1967-1993 / 鈴木 啓之
蜂起 〈インティファーダ〉: 占領下のパレスチナ 1967-1993
  • 著者:鈴木 啓之
  • 出版社:東京大学出版会
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2020-03-28
  • ISBN-10:4130363018
  • ISBN-13:978-4130363013
内容紹介:
1987年にパレスチナでなぜイスラエルに対する民衆蜂起(インティファーダ)が起きたのか? パレスチナ人の抵抗の歴史と蜂起の背後にあった構造的な変化を,さまざまな史料を渉猟しスリリングに描き出す.パレスチナ問題に新たな視角を提供する画期的な論考.【第9回東京大学南原繁記念出版賞受賞作】

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