シオニズムとユダヤ教を区別する
ユダヤ教とシオニズムはまるで別もの。むしろ正反対だ。--この重大な前提から議論が始まる。イスラエル建国の裏側やパレスチナ紛争の実態、ガザ地区はなぜ徹底的に破壊されたのか。一連の疑問がするすると解けていく。著者は歴史学が専門。一九四五年にソ連で生まれ七三年に出国、イスラエルで数カ月を過ごしカナダに移住した。ユダヤ教徒の立場でこの紛争を厳しく見つめる。
シオニズムとは何か。シオンはエルサレムの別名。同地に帰還しユダヤ人国家を建てようというナショナリズムだ。ユダヤ教を軽蔑する無神論者や社会主義者の運動で当初少数派、浮いていた。
ユダヤ教はモーセ以来の伝統ある信仰。エルサレム帰還を祈るがそれは神が許可したとき。≪群れをなし、力ずくで帰ってきてはならない≫がタルムードの教えだ。パレスチナにもユダヤ人はいた。アラビア語を話しムスリムと共存していた。そこへシオニストがやって来て、ユダヤ人に指図し、パレスチナ人と敵対し弾圧した。
シオニズムが現れたのは一九世紀末。ポグロム(ユダヤ人村の襲撃)がロシア東欧で荒れ狂った。対抗して、宗教の代わりに民族をアイデンティティにする運動が起こった。ヘブライ語を国語にし、パレスチナに移住しよう。現実離れした主張だったが第二次世界大戦後、西側諸国の支持をえた。一九四八年には一方的にイスラエル建国を宣言、現在にいたる。
シオニストは力でユダヤ人国家の独立を守ろうとする。周囲のアラブ人国家はみな敵。パレスチナ人(アラブ系)も敵。イスラエルは彼らの土地を奪い、入植し、あえて国境を定めず、パレスチナ全域を支配しようとする。イスラエルへの怨念が蓄積していく。
昨年10月7日、ハマスがイスラエルを攻撃し、民間人を殺害、人質にした。憎悪に根ざした犯行だ。イスラエル軍は拠点のガザに反撃、病院や学校を爆撃し、市街地を破壊した。数万人が犠牲となり、二〇〇万住民が苦しんでいる。
著者によればイスラエルは、遅れて来た植民地主義国家だ。パレスチナ人(イスラエルに言わせるとアラブ人)を差別する。元は非宗教的だったが、今はユダヤ人国家を「信仰」せよと国民に強制している。極右政党を含む連立政権は強硬で、パレスチナ自治政府の力を殺ぐため、反対派のハマスに肩入れしてきた過去がある。
イスラエルとパレスチナの二国家共存が、国連の提案だった。イスラエルはパレスチナ国家を認めない。西側諸国はイスラエル独立を支持。著者によれば、イスラエルのやり方はヒトラーやプーチンとそっくりだ。それを非難しない西側は二重規準ではないか。
その昔ユダヤ思想家マイモニデスは、イスラム教は≪厳密な意味の一神教≫だから、モスクに立ち入ってよいとした。アラビア語で本を書いたユダヤ人も多かった。ユダヤ教はイスラム教と融和的。ならばシオニズムさえ片づけば、パレスチナでユダヤ人とアラブ人が共存するのは夢でないのだ。
イスラエルを非難するのは反ユダヤ主義だという。イスラエルは世界のユダヤ人の代表だという。イスラエルの宣伝だ。シオニズム(イスラエル)とユダヤ人をまず区別しよう。ユダヤ人とパレスチナ人が和解できると信じよう。じっくり読む価値のある本だ。