書評

『ウェルギリウス『アエネーイス』―神話が語るヨーロッパ世界の原点』(岩波書店)

  • 2022/01/13
ウェルギリウス『アエネーイス』―神話が語るヨーロッパ世界の原点 / 小川 正廣
ウェルギリウス『アエネーイス』―神話が語るヨーロッパ世界の原点
  • 著者:小川 正廣
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(191ページ)
  • 発売日:2009-02-18
  • ISBN-10:4000282891
  • ISBN-13:978-4000282895
内容紹介:
みずからの激動の時代体験をとおして人間と社会の問題を深く掘り下げ、知的苦闘の中から作品を生み出したウェルギリウス。このラテン文学最大の詩人が後世にあたえた影響ははかりしれない。彼… もっと読む
みずからの激動の時代体験をとおして人間と社会の問題を深く掘り下げ、知的苦闘の中から作品を生み出したウェルギリウス。このラテン文学最大の詩人が後世にあたえた影響ははかりしれない。彼の遺した大叙事詩『アエネーイス』により「ヨーロッパ」という概念は初めて創られ、またダンテ『神曲』においては主人公を冥界に導く人々としても描かれた。『アエネーイス』は、民族や人種を超え、個人が相互の理解と尊重により結びつけられる社会を創るという理想と、その実現のための大きな苦難を、ローマ建国の英雄アエネーアスに体現させて謳いあげた作品である。ここに込められた詩人の未来へのまなざしは、今なお英雄と同じ苦悩を背負って生きる人類への励ましでもある。

現代的意味の理解みずみずしく

本書の原典『アエネーイス』は、内容の多彩さ、文学史的意味の深さのわりには知名度が低い古典ではあるまいか。

テーマはホメロスが吟じて名高い『イリアス』の後日談、作者は古代ローマきっての大詩人ウェルギリウスだ。そのウェルギリウスは1300年後、これも著名な『神曲』の中でダンテを案内して(ダンテの考えによる)死後の世界を説き明かしている。ルネサンスのさきがけであり、20世紀以降の展望を含む遠大な思索であった。

略述すれば、トロイ戦争のあと、敗れた王家の一員アエネーアスが母国の再建を願って地中海をさすらい、イタリア半島に至ってここに小国を興し、それがローマの誕生となった、という伝説の記述である。『イリアス』に模して創られ、タイトルはアエネーアスの物語の意、英語では『イーニイド』と呼ばれているようだ。ウェルギリウスは初代皇帝アウグストゥスの知遇をえて、この叙事詩にローマ帝国建国の理念と歴史的必然性を示し、ローマ市民啓蒙(けいもう)の意図を明白に含ませている。ローマの平和をも思案している。

本書『アエネーイス』は2部からなり、第1部は“書物の旅路”であり、第2部は“作品世界を読む”である。ご用とお急ぎのかたには第2部が原典のあらすじを伝えて楽しめるが、注目すべきは第1部のほうで、『アエネーイス』がどう誕生し、歴史の中でどう評価され、その現代的意味はなにか、という解明がみずみずしい。よく生きる哲学と他者との共生の政治学を求めたローマ世界を反映して、この叙事詩は時代を貫くエトスを含んでいる、と説いている。

話は変わるが、本書は世界の古典30点ほどを解説するシリーズ「書物誕生」の中の一冊。シリーズは広義の入門書的著述であり、「翻訳された原典は文庫本でどうぞ」というコンセプトで編まれているが、特筆したいのはそういう原典の翻訳本が(絶版もあるが、とにかく)この国できっちりと上梓されてきたことだ。この文化の存在する意味を、本が読まれなくなりつつある今、強く訴えたい。
ウェルギリウス『アエネーイス』―神話が語るヨーロッパ世界の原点 / 小川 正廣
ウェルギリウス『アエネーイス』―神話が語るヨーロッパ世界の原点
  • 著者:小川 正廣
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(191ページ)
  • 発売日:2009-02-18
  • ISBN-10:4000282891
  • ISBN-13:978-4000282895
内容紹介:
みずからの激動の時代体験をとおして人間と社会の問題を深く掘り下げ、知的苦闘の中から作品を生み出したウェルギリウス。このラテン文学最大の詩人が後世にあたえた影響ははかりしれない。彼… もっと読む
みずからの激動の時代体験をとおして人間と社会の問題を深く掘り下げ、知的苦闘の中から作品を生み出したウェルギリウス。このラテン文学最大の詩人が後世にあたえた影響ははかりしれない。彼の遺した大叙事詩『アエネーイス』により「ヨーロッパ」という概念は初めて創られ、またダンテ『神曲』においては主人公を冥界に導く人々としても描かれた。『アエネーイス』は、民族や人種を超え、個人が相互の理解と尊重により結びつけられる社会を創るという理想と、その実現のための大きな苦難を、ローマ建国の英雄アエネーアスに体現させて謳いあげた作品である。ここに込められた詩人の未来へのまなざしは、今なお英雄と同じ苦悩を背負って生きる人類への励ましでもある。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2009年04月19日

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