書評
『辰吉丈一郎へ―30万燭光の興奮』(洋泉社)
命がけの美 ボクサー応援歌
「絶叫コンサート」で新境地を開いた歌人・福島泰樹の拳闘論である。子どものころからの熱狂的なボクシング・ファン、みずからもリングにのぼって撃ち合い、その上チーフ・セコンドまで務めたこともあるのめりこみようだ。拳闘の究極は情け容赦のない顔面殴打にあり、そのはてに網膜剥離という危機が訪れる。それを犯してあえて生命を賭けるところにボクシングの醍醐味がある。だからこそボクシングはたんなるスポーツの域をこえる。ボクサーは減量の痛苦と試合の恐怖に耐える苦行僧のごとき存在である、というのもよくわかる。
本書の大半はそのような問題をめぐるエッセイを集めたものだが、それを刊行するにあたり新たに「辰吉丈一郎論」百枚を書き下ろして、巻頭を飾っている。辰吉丈一郎は一度は世界チャンピオンにまで登りつめたヒーロー。だが不幸にして左目網膜裂孔(れつこう)で手術、重ねて世界王座から転落、――数々の逆境をのりこえてようやくこの十二月四日、世界バンタム級の王者・薬師寺保栄との王座統一戦を迎えることになった。その辰吉の生命がけのカムバックに衝き動かされ、やむにやまれぬ思いで綴った応援歌が右の書き下ろし百枚である。
だがその世紀の決定戦は、すでにご存知、辰吉の判定負けで決着をみた。瞬時のたるみもみせない死闘が最終ラウンドまでつづき、最終ゴングが鳴ったとき辰吉の左目はみるも無残に大きくはれあがっていた。
本書には、三〇万燭光(しよつこう)のライトを浴びて戦ってきた数々の名ボクサーたちの生活譜が再現され、その間隙(かんげき)をぬうように著者の歌が閃光のようにちりばめられている。そこからは、拳闘という究極の暴力の美しさに魅入られた者だけがもらす言葉が立ちのぼってくる。それはときに野獣の咆哮のごとく猛々しく、乙女のつぶやきのごとく哀切をきわめる。
その思いのたけを、福島は今夜もどこかのコンサートで、星空にむけて絶叫しているにちがいない。
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