書評
『マフィア国家――メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)
無関心と貧困が育てた怪物
近年、日本との直行便が毎日2便も飛ぶようになるなど、急速に日本とのビジネスが拡大しているメキシコだが、麻薬カルテルという巨大なリスクがあることも広く知られているだろう。本書は、その問題に被害者の側から迫った力作ルポルタージュである。マフィアの問題で本当に深刻なのは、それを取り締まるはずの警察や司法が、深くマフィアと癒着していて、誰が一般市民の敵で誰が味方か、わからないという点である。人身売買や身代金目的の無差別の誘拐により、身内が行方不明になったとして警察や司法に訴えかけても、取り合ってもらえないどころか、騒ぎ立てると命はない、といった匿名の脅迫を受けたりする。関わりを恐れて、犯罪の被害者たちを助けようとする人たちはとても少ない。
強烈な事例が、ゲレーロ州での被害者家族たちの活動である。家族ら380人がグループを作り、遺体が埋められているかもしれない山野を自主的に捜索したところ、なんと150以上の遺体を発見したという。メキシコ各地で、遺族による同様の秘密の墓地発掘が相次いでおり、政治を動かすかもしれない力になりつつある。 しかし、その1年半後には州政府が、捜索を検察に任せた者には手厚い経済的支援を与えるという手段に及び、貧困層が多かったグループは分断され、40人にまで減った。
この背景には、70年あまりにわたって一つの政党が政権を独占してきたメキシコの政治文化がある。「大統領という名の大ボスが、マフィアも政治腐敗もコントロールする」という文化だ。これが2000年代にグローバル化の波によって崩れた結果、政治がマフィアにのみ込まれてコントロールできる者が誰もいない、という現状に陥った。「犯罪の多国籍企業」と化したカルテルは、あらゆる産業を自前で担い、国内総生産の6割以上は何らかの形でカルテルに関係している、という試算もある。
毎年のようにメキシコを訪ねている私は、読んでいるだけで恐怖に支配されそうになるが、とてもよその出来事だと切り分けることができない。これほどの怪物を育てたのは無関心と貧困だという事実が、まるでこれからの日本を予言しているかのようだからだ。必読の黙示録である。
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