解説

『森の王様』(河出書房新社)

  • 2023/08/09
森の王様 / 高橋 和巳
森の王様
  • 著者:高橋 和巳
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(286ページ)
  • 発売日:1996-06-01
  • ISBN-10:4309420028
  • ISBN-13:978-4309420028
内容紹介:
元特攻隊員と老右翼理論家との対峙を通して、日本民族にとっての不可避の主題「死の哲学」を究明した衝撃作「散華」の他に、初期詩篇・初期小説・未完作・習作、さらに「散華」をめぐる埴谷雄高との往復書簡などを収録。高橋和巳の人と文学の原点を明かす愛読者必読の巻。

高橋和巳は生きているか

この稿を書くにあたり、蔵書というにはあまりに乏しいわが本棚を漁り、高橋和巳の本を集めてみた。狭い借家を移るたびに段ボール何箱かの本を売り、または捨ててきている。
「高橋和巳作品集」(河出書房)は全九巻のうち一、三、七、八の四冊が発見された。第一巻『捨子物語』は一九七〇年四月三十日の初版である。第三巻『憂鬱なる党派』は七一年五月二十七日付の第八版である。相当の読者を得たことが分かる。七、八巻は文芸・思想の評論。

七一年、私は高校二年で、この日付の直前、五月三日、高橋和巳の訃報を聞いた。おそらくその直後、刊行中の最初の著作集を小遣いをはたいて買い集めたのだろう。
『悲の器』『我が心は石にあらず』も同じ頃、読んだ記憶があるが、文庫本の段ボール箱の底から見つかった。のちに安い方で買い足したのだろう。そして「文芸」と「海」の七月号、追悼特集である。それから単行本の埴谷雄高編『高橋和巳論』『わが解体』がある。まだあったはずだが、それでも引越しのたび、文学関係の書物はかなり手放したはずなのに、彼の本に関するかぎり、これだけ残しておいたことに驚いた。
いつ高橋和巳に出会ったのだろうか。

一九七〇年、女子高一年の私は演劇部に入り、寺山修司『犬神』の稽古中、ぶあつい対談集『生涯にわたる阿修羅として』に読みふけっていた。まじめに稽古をしないで演出に叱られたあの夏の教室を、はっきりと思い出すことができる。
その秋には三島由紀夫が市ケ谷の自衛隊で自決した。たまたま私のいたのと同じキャンバスの附属小学校にお子さんがいて、あわただしく帰宅したことが事件として即日伝わってきた。校内放送も行なわれた。私は三島を中学の頃から読んではいたが、その事件自体はさほど心に痕跡を残さなかった。私は生れてこの方、天皇家と天皇制にとくに思い入れがない。
しかし、一九六八年のいわゆる大学闘争は、とりわけ本郷の東大の近くに住む中学生として、また明大、中大、日大に近い敷石のはがれた神田カルチェラタンを、催涙弾で目を赤くしながら歩いたこともあって、強い関心を抱いた。

伝えられる三井三池闘争、反公害闘争、地域住民闘争。そしてそれと裏腹のような、あいかわらず古びた、さえない自分の町。また、そこからは想像できない、きらびやかな空洞の大阪万国博。私は近代とか資本主義とかいうもの、戦後民主主義とは何かといったことを少しずつ考えはじめていた。
もちろん女子高校に社会の動きはそう直接に反映せず、制服全廃運動がおこったくらいで、私はむしろ学外の集会や、本郷で夜行なわれる宇井純氏らの公害自主講座に出かけた。

しかし大学闘争もピークをすぎると、戦列は乱れ、大学そのもののあり方を問う初期の関心は失なわれて、セクト間の闘争ばかりが目立っていた。自主講座でも質問というより、独特のアジ口調で、他セクトの非難を長々とやる連中に私は嫌気がさした。そして内ゲバ、連合赤軍の浅間山荘事件はある終りを示していた。
私が一九六八年に大学にいたならば、あの政治の季節に関わらなかったはずはない。少し遅れた世代としては、切歯扼腕しながら、活字化されたもので追体験するほかはなく、そのとき最もよく答えてくれる対話者が高橋和巳だったように思う。

人が晦渋である、難解である、ときに悪文であるという高橋の小説は、さほどとっつきにくいものではなかった。とはいえ今回、いくつか再読して、よくこんな長い小説を夜もなく昼もなく読みつづけたものだと感心した。たしかに、ほんの一例、とりわけ短い例を挙げれば、

表現者の最大の不幸は、みずから構築した諸観念のもっともよき理解者が他ならぬ当の本人自身でしかないという閉塞的回帰状態におちいることである。(「逸脱の論理」)

といった冒頭の文章は、
「自分よりほかの者にその考えがよりよく理解されない作家は不幸だ」
とでもいえばずっとわかりやすいのだろうが、当時はあの大上段振りかぶりのスタイルが、私たちを惹きつけていたのである。

再読すると、『我が心は石にあらず』や『憂鬱なる党派』は登場人物の出入りが多く、みな身勝手に動いているだけに思えて、そう感心しなかった。ある「世代の」小説としては共感をよんでも、歴史に耐える普遍性は少し弱く感じられた。
しかし『悲の器』は間然するところのない名作だと思う。正木典膳のモデルを云々する説があるが、高橋和巳自身がこうした上昇志向とエゴイズムを自らのうちに自覚していたからこそ、自己裁断のために書いたにちがいない。その剔抉の過程はじりじりと身を灼くようである。

正直いって高橋和巳は女性のことを内面から分かろうとした人ではない。「失明の階層――新中間層論」などを読んでも、女はどこにいるのか、まったくわからない。いや視野から脱落している。彼が女性を評価するときは、たとえば中村きい子『女と刀』を「耐える思想」というときである。

それは社会を動かす普遍的理念としての場を与えられることもなく、権力と結びついて現実化されることもない。しかしそこに痛切な人間認識がないわけではないのである。

といった調子である。始めから「女は列外だ」というようなこの書き方に、私は当時も反発した。しかし、その彼が『悲の器』で、
「あなたは、あなたは合意とおっしゃる。命令を合意とおっしゃる。あなたは権威があり勢力があり富があり、そしてわたしの雇主でいらっした。……たった一度でも命令される側に身を置いて物をお考えになったことがあなたにありましょうか」
と渾身の力でいいかえす米山みきを描いている。家政婦米山みきが正木典膳を告発するのは、彼が若い女に乗り換えて自分を捨てたからではない。つねに彼が彼女の人間としての尊厳を無視し、彼女に対して絶対者としてふるまったその過程(プロセス)にこそあったのだと思う。

それにしても、最近の若い人の小説には堕胎を扱うものが多いと文芸時評で嘆じた高橋自身が、『悲の器』で、また『我が心は石にあらず』で堕胎を大きなモチーフにしているのは、興味深い。妊娠した女主人公はいう。
「あなたも困らせてやりたい。私だけが苦しむのは厭だわ」
このモチーフは、柴田翔『されどわれらが日々―』『贈る言葉』、石原慎太郎『太陽の季節』はじめ、多くの同世代小説にあらわれるのだが、それらにおいては、微かな罪の意識としてやりすごされてしまうものが、高橋和巳の場合、共に地獄に堕ちよ、とばかりに運命を明から暗に反転させるきっかけになる。正木典膳しかり。『我が心は石にあらず』でも、
「信藤誠は道学者面をした破廉恥漢であり、進歩主義を偽装するファシストです」
といった形で、性愛と堕胎がきっかけで組合エリートの座からひきずり落とされるのである。高橋和巳にとっては、女性は男の転落を助ける、正当化する根拠であったように思われる。

私がこのたび、もっとも良さ美しさを再発見したのは『捨子物語』であった。

風景は見事に骨張っていたけれども、それでも夕刻はやはり美しかった。一年中ほとんどからりと晴れることのない煤煙の空は、それゆえにかえって、日ごとに夕焼けし、空は淡黄に紫に赤に、そして黄金色に変色した。河はそれに応じて水面をきらきら蒼黒く煌めかせた。

捨てようとして捨てられぬ大阪湾岸の生まれた町。そこで体験した空襲と飢餓。

  「家は?」
  「焼けました」
  「全焼か」
  「はい」
  「一年三組、岡田君」
  「おりません」
  「奥井君」
  「欠席」
  「小野君」
  「欠席」
  「加藤君」
  「……」
  「おらんのか」
  「死にました。おなじ町会だったんです。今朝そう伝えてほしいと頼まれました」

戦争が共同体に与えた過酷な運命を透明な筆で描いたこの小説は、私小説を超えようとしてもがいた彼にして、不本意かもしれぬがやはり次代に伝えるべき優品である。

これに比べると、『わが解体』などは生活感のないコップの中の嵐、のように思えるし、なんと学生に甘いことか。「ここで行なわれている高度の論議」で彼を感動させた人々の二十五年後は見てみたい気がするけれども……。
ふたたび思いをめぐらせば、私は高校三年のとき、筑摩書房版の現代国語の教科書で学んだ「極限と日常」という小文の印象が強く残っている。もう一つ、これと似たテーマを扱った「自立と挫折の青春像――わが青年論」も多くの教科書に採られている。

青少年期に好むと好まざるとにかかわらず個人を越える巨大な価値が頭上にのしかかり、あるいは、ちょっと油断しておればものを取られるような殺伐な生活の中で、思いつめて人生の意義を問い、献身かエゴイズムか、暴力か無為かを考えつめていた自分が、かけがえなく貴重だったと思うことがある。

この一文は、全共闘の同伴者と目される高橋和巳が、あたかも太平洋戦争を肯定しているかのような異和感を当時の私に与えた。まるで平和ボケの日本人を叱咤する右翼みたいじゃないか。一方、国家に反逆したゆえをもって畳の上で死ねなかった金子文子や伊藤野枝、ローザ・ルクセンブルクに憧れていた自分が、戦争をはじめとする極限体験を持てない世代であることに、そこはかとないコンプレックスも感じた。
もちろん、この一文は、

ふたたび、ひょいと気づいてみると、平和な日常がくずれているといったことにならないためにも、極限状況で得た認識の日常化と新たな活用とをわたしたちは図らねばならない、と考える。

と上手に結ばれてはいるけれども、これはかなり無理してくっつけた印象が拭えない。
やはり高橋和巳は極限が、非日常が大好きだったのだろう。そう思うと、このような一文を教科書に採用したのは、罪な話である。

これに動かされて、あのころ「散華」を読んだ。「失明の階層」を「孤立無援の思想」を「戦争論」を「日本の軍隊と国家」を読んだ。
「散華」の中で、もと特攻隊の生き残りである大家はいう。

特攻精神を嘲笑した日本の戦後の知性には、ニヒリストの運動を媒介せねばならぬ革命というものは遂に理解しえなかったのだ。

と。彼は戦後、いったんの左傾を経て、現在は電力会社のエリートとして、橋梁建設のための土地買収に、心ならずも、見知らぬ孤島を「特攻」しているのである。
迎えうつ中津清人は、戦中、国家主義を鼓吹して若者を死地に赴かしめ、戦後は瀬戸内海の孤島に自己流謫している。いったんは亡びを自覚し、国家や民族といった抽象概念に執着することをやめた中津に残されたのは、「大地」そのものであった。彼は大地を耕し、魚を獲り、海を眺める権利にこだわって、「開発」に抵抗する。
あれか、これかという選択のわりに好きな高橋のなかでは、右翼か左翼か、保守か革新かといったイデオロギー的な二項対立では量り切れない作品である。

発表から二十年たち、またその間に現実の「社会主義国家」の崩壊を経てみて、そのことはますます痛感させられるのである(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1996年)。むしろ「保守」の側が近代化をおしすすめ、土地と共同体を破壊した。「革新」派や「憂国の壮士」が土地や共同体を「保守」しようとする。むずかしいねじれは、「散華」が予言的に示したように、高度成長期からバブルをすぎ、この国でますます顕著な現象といえよう。

高橋和巳が生きていたなら、この二十五年の推移をいかように把えただろうか。「冷戦の終結」や「飽食」「対立軸のない時代」とマスメディアが「日常」に馴れたセリフを吐きつづけても、土地と一次産業は棄てられ、水や大気は汚され、地域の現状を見れば、いまだに貧困も解決されていない。狂信的新宗教の現出を予告するような『邪宗門』を描いた高橋和巳は、「極限と日常」の二項対立では把えきれぬ、日常を緩慢に掘りくずす危機の深まりをどのように作品化したであろうか。

先日、近くの図書館へ行くと、同世代のもう一人の旗手であった大江健三郎の作品は棚いっぱいにあったが、小説のタの欄に高橋和巳の本は一冊しか「生きて」いなく、一方、作家研究の棚に七冊もあった。残念である。私は高校生時代の情緒的な共生感から醒めて、また少し、平静に彼を読み直してみようと思う。
森の王様 / 高橋 和巳
森の王様
  • 著者:高橋 和巳
  • 出版社:河出書房新社
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