書評
『フリーダム』(早川書房)
壊れゆく家族で〈不自由さ〉描く
小説は何のために読まれるのか? 娯楽? 暇つぶし? 自分が主役の自由な世界をせっせと拡張すべく、スマホの画面の上を滑らせるのに忙しい指先には潰すだけの暇すらないのだから、現代のアメリカの地方都市に暮らす一家を描く800ページ近いこんな分厚い本は読んでられない?ウォルター・バーグランドはミネソタの田舎町出身。家が貧しかったため苦学を重ね、大学時代に出会い結婚した妻を愛する良き夫だ。アウトローのミュージシャンの親友を持つ一方で、生真面目で堅物な彼は、世の中をよりリベラルで公正な社会に変えたいというやや青臭い理想に忠実に自然保護協会で働いている。妻パティは対照的に、ニューヨーク州のリベラルなインテリの富裕家庭出身。バスケット部で活躍し、虚言癖の友人につきまとわれて困ったことはあるが、経済的な苦労は知らない。結婚後は家庭に入り、男女二人の子供を育てる専業主婦である。
「朝日新聞」ならぬ「ニューヨーク・タイムズ」を読み、共和党ではなく民主党を支持する、典型的なリベラルな中産家庭。だが完璧に幸福な家庭など存在しない。子供が大学に行き親の手元を離れるあたりから、それまで蓋をしてきた問題が次々と噴出し、家族がギシギシきしみ壊れ始める。
パティがだんだん鬱になっていくのは、溺愛する息子ジョーイが名門大に行ったあとも、隣家の庶民の娘と付き合っているからだけではないようだ。どうも夫の親友のミュージシャンのリチャードとのあいだに昔何かがあったようなのだ……。リチャードもまた皮肉なことに、いつの間にか音楽通好みのカルト的価値を持つ〈文化商品〉として〈消費〉されている。
ジョーイはイラク戦争に関わる民間軍事会社の仕事に関わり、社会の「勝ち組」たらんとする彼の言動は父ウォルターを深く失望させる。だがそのウォルターにしても、絶滅危惧種の小鳥の保護団体に転職すると、保護区を作るために住民から土地を収奪せねばならないという矛盾に直面し、妻との不仲が深まるなか、一緒に働く若く美しいインド系女性に激しく性的に惹かれていく……。
「もっと自由を!」という理想の追求がいつのまにか功利目的の追求にすり替わり、誰もが己の自由のテリトリーの保全に汲々として独善的・排他的になり、しかもその個の自由を可能にするために犠牲になっている多くがますます不可視になっている。一つの家族の危機の物語から、フランゼンが見事に描き出したこの〈不自由さ〉は、9・11以降のアメリカ社会だけではなく、日本のどんな家族であれ鏡となって映し出している、我々のものでもあるのだ。
朝日新聞 2013年3月10日
朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。
ALL REVIEWSをフォローする

































