書評
『少年が来る』(クオン)
弾圧された人々の傷ひとつずつ
民主化宣言から30年が経過しようとしている韓国は、大統領退任を求める動きに揺れている(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2016年)。1963年から93年まで軍人出身の大統領が続く中、反独裁・民主化要求の運動は繰り返され、学生を含む市民が死傷した。その記憶はいまも生々しく、後続の世代に受け継がれている。『少年が来る』の著者ハン・ガンは70年光州生まれ。この小説は、全羅南道の道庁所在地だった光州で80年5月18日に起こった光州事件を扱う。発端は全斗煥のクーデター。事件の数カ月前にソウルに移り住んだ著者にとって、子供のときに生じたこの出来事がいかに深い傷と衝撃に満ちた主題かということは、この小説そのものが語る。作家には、いつか書こう、と思うテーマがある。本書はそうした意気込みと緊張感を確実に伝える。
市民に対する弾圧が描かれる。表現の容赦のなさは、現実に人々に加えられた容赦のなさに対する想像力の延長にあるものといえる。戒厳軍の銃撃、拷問、死。読んでいてつらい。
けれど、いうまでもなく、幸せや口当たりのよい言葉だけを語るのが小説ではないことは、小説の歴史を見ればわかる事実だ。抑圧された声や理不尽に抹殺された声に重なり、言葉による新たな視点の構築を試みる方向も、小説という言語表現に備わる性格と機能だ。ハン・ガンは、まだ子供だった頃に身のうちに打ちこまれた出来事と向き合い、小説という方法と一体となり、書き進めた。ここには書き手としての誠実さがあると思う。
「あなたが死んだ後、葬式ができず、/私の生が葬式になりました」。政治的な出来事をめぐって、文学の立場が告発よりは鎮魂を選ぶとして、それはいかにして可能となるのか。統計的な数の次元ではなく、個人の声を拾い上げていくことだけが、その方法となるだろう。この小説は割り切れない怒りと悲しみを凝視することをやめない。
朝日新聞 2016年12月11日
朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。
ALL REVIEWSをフォローする





































