書評

『コンビニ人間』(文藝春秋)

  • 2017/07/13
コンビニ人間 / 村田 沙耶香
コンビニ人間
  • 著者:村田 沙耶香
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(160ページ)
  • 発売日:2016-07-27
  • ISBN-10:4163906185
  • ISBN-13:978-4163906188
内容紹介:
36歳未婚、古倉恵子。コンビニ勤務18年目。コンビニこそが、私を世界の正常な部品にしてくれる――。現代の実存を軽やかに問う。

ネックレスをスープで煮よ

今年なにが驚いたと言って、村田沙耶香の句会初参加の活躍にまさるものはないかもしれない。これは、堀本祐樹、千野帽子、長嶋有、米光一成が主催する「東京マッハ」という公開句会で、毎回ゲストを招ぶ。五句ずつ匿名で発表し、観客も選句に参加するというライブスタイルだ。たしか、穂村弘と谷川俊太郎が呼ばれた回以外は女性がゲストで、池田澄子、川上弘美などを除いては、俳句初心者、句会初参加者が多いと聞く。藤野可織、柴崎友香、名久井直子、西加奈子、松田青子、衿沢世衣子、山内マリコ。とはいえ、誰の句も初心者のものとは思えない。

この春、ここに登場したのが、数か月後に芥川賞を受ける村田沙耶香で、こんな句を詠んだ。「嫌いな人の睫毛を食べて春嵐」「歯が燃える夢を何度も春の虹」「ネックレススープに入れて夏近し」――最後の句に、わたしは、「夏が近づきサマーニットか何かに長めのネックレスを合わせた女性が、スープを飲むときに屈んだら、それがスープに触れてしまった」という凡庸な図を想像をしたが、作者本人は、「元彼にもらった要らないネックレスをスープに(具材として)入れて煮るという句ですよ」と、事もなげに解説していた。

入れないだろう、ふつうネックレスはスープに!

村田沙耶香が詠む句の意外性もさることながら、彼女が「読む」句がことごとくホラーと化していったことも印象深い。「胸に入る空気春です春ですと」(池田澄子)という、名人の作と知らなければ見落としてしまいそうな句を、村田一人だけが特撰に採り、こう選評した。「最初はシャツに春風が入ってくる図だと思ったんですけど、外科室手術台で本当に胸を切り開かれている最中だとしたら、すてきな句だなあって、しみじみ思えてきたんです」と、にこやかに説明する村田沙耶香に、四百人の観客は凍りつき、うめき声をあげたのだった。手術台でメスに開胸されながらのどかに「春です春ですと」と呟くとは、「手術台の上のこうもり傘とミシンの出会い」によるデぺイズマン効果を超えたシュールさだった。

こうしたショッキングなデぺイズマン効果やギャップ効果を出しながら、「……だなあと思って」と淡々と感想を述べる。これは、村田沙耶香ならではの技法である。彼女の諸作品のここぞというポイント、ポイントで出てくる。芥川賞受賞作の『コンビニ人間』でも、泣きだした赤ちゃんを妹が慌ててあやすと、ヒロインはそばにあった小さなケーキナイフを見ながらこう述懐する。

(赤子を)静かにさせるだけでいいならとても簡単なのに、大変だなあと思った。

あるいは、同棲中の男が借金を踏み倒して逃げてきたことがわかり、義妹に怒鳴りこまれても、「白羽さんは義妹さんにまったく信用されてなかったんだなあ、としみじみ思った」。こういうドラマチックな箇所で、わざと淡泊に、呑気に流すことで、そのギャップに批評性を滲ませるという「技法」だと解釈していたのだが、作者にしてみれば、たんに自然な感慨なのかもしれない。それはそれで、大変な資質である。

『コンビニ人間』の概要が後先になってしまったが、本作のヒロイン「古倉恵子」(三十六歳)は、今どき「コミュニケーション障害」とか、ナントカ発達障害と病名をつけられそうな人物だ。なんでも字句通りにとるので、小学校の頃まではよく問題を起こした。男子が取っ組み合いのけんかを始め、「誰か止めて!」と声があがると、スコップを持ちだしてきて、暴れる男の子の頭を殴ったりする(実際、けんかを「止める」ことはできた)。あるいは、若い女教師が怒りのあまりヒステリーを起こし、「先生、ごめんなさい!」「やめて、先生!」と生徒たちが泣きながら訴えると、「黙ってもらおうと思って先生に走り寄ってスカートとパンツを勢いよく下ろした」こともある(女の先生は実際、静かになった)。

行間を読むとか、言外の意味を察するということが全くできない彼女は、中学以降はなるべく口をきかず、陰に隠れるようにして生きるようになった。ところが、大学時代に、そんな彼女にぴったりの棲息場所が見つかる。それは、コンビニエンス・ストア。すべてはマニュアル化され、陰影や裏表のないコンビニ言語が飛び交う。恵子は接客の見本ビデオや手本を真似るのは、非常に得意だった。かくして彼女はコンビニ人間として生まれ変わることになったのだ――と、先行作『殺人出産』や『消滅世界』にはなかった、作品世界の異様さへのわかりやすい説明が入ったことで、本作はバランスのとれた、ウェル・メイドな、ノベラの手本的な作りとなった。しかも現在の特異な状況の原因を過去のトラウマにピンダウンするというのは、村田作品にしては、ずいぶんなサービスのようにも見える。こういう配慮(?)が今回の受賞に繋がったわけではなく、やはり作品のクオリティゆえだと思うが、「姉にとって、殺すことは祈りだった」と、どこから来るのかわからない殺人衝動をわからないものとして描いた凄絶な『殺人出産』や、「自分よりも深い闇が、光より希望になることがある」という『消滅世界』の、唐突さやいびつさを求める気持ちもなくはない。

ともあれ、本作のコンビニでは、声の出し方も、表情も、決められたパターンに従えば、「いいね、いいね!」「すごいね、完璧!」と褒められる。「本日、オープニングセール中です! いかがでしょうか!」「かしこまりましたー!」「ありがとうございますー!」。

ほぼ一日コンビニにいるから、食べる物もコンビニの商品ばかりになり、「私の身体の殆どが、このコンビニの食料でできているのだと思うと、自分が、雑貨の棚やコーヒーマシーンと同じ、この店の一部であるかのように感じられる」と安堵感を得る。完全にコンビニの「良い部品」として機能できることに、充足を見いだす。大学生のときから十八年間、こうして就職せずバイト生活をつづけてきた恵子は、店一番の古株で、その間に入れ替わった八人の店長は、「一人一人違うのに、全員合わせて一匹の生き物であるような気持ちになることがある」。ここは、すべてが統一規格として作られ、「強制的に正常化され」「異物はすぐに排除される」場所だ。朝礼では、「私たちはお客様に最高のサービスをお届けし、地域のお客様から愛され、選ばれるお店を目指していくことを誓います!」と、爽やかに唱和。画一化、コピー、反復。そこには、村田沙耶香が一貫して批評的に書いてきた全体主義下での思考停止ということがあるだろう。

これに対して、「……なんか、宗教みたいっすね」と否定的態度をとる存在が現れる。婚活目的でバイトに応募してきた「白羽」という三十代後半の男だ。

近未来の管理社会を描いた『殺人出産』や『消滅世界』では、「十人産んだら一人殺す権利を与えられる」というシステムや、性差に基づいた恋愛、結婚、セックス、出産、子育てという旧来のラインが分断された世界に対して、なにか疑問を抱きつつそこに呑みこまれていく人々が書かれていたが、本作では、主人公は異質性を認めない宗教めいた体制に徹底して寄り添う側にいる。とはいえ、その「盲信」は、べつの「宗教」に取りこまれまいとする手段なのだ。べつの宗教とは、「ふつう教」とでも言うべきもの。就職し、結婚し、子どもをもつのが当たり前であり、その他の異物は認めない「ムラ」の掟である。恵子の姉や同窓生ら、こちら側の信者もまた信仰が篤く、本作は宗教戦争のごとき様相を呈してくる。

『殺人出産』にこんな問いかけがある。この恐怖の管理社会を昔に戻そうとする運動家「早紀子」が体制側につく女性を、「とっても愚かですね<中略>この世界を盲信している」と批判すると、語り手は「世界を盲信しているという意味では、早紀子さんも同じじゃないですか? 過去の世界を信じきっているか、今、目の前に広がっている世界を信じきっているか、というだけで、世界を疑わずに思考停止しているという意味では変わらない<中略>特定の正義に洗脳されることは狂気ですよ」と返す。

そうだ、「入れないだろう、ふつうネックレスはスープに!」と断言する「ふつう教」をぐつぐつ鍋で煮るために世に送りだされたのだ、村田沙耶香は。今後も、ラディカルに常識を覆してほしい。
コンビニ人間 / 村田 沙耶香
コンビニ人間
  • 著者:村田 沙耶香
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(160ページ)
  • 発売日:2016-07-27
  • ISBN-10:4163906185
  • ISBN-13:978-4163906188
内容紹介:
36歳未婚、古倉恵子。コンビニ勤務18年目。コンビニこそが、私を世界の正常な部品にしてくれる――。現代の実存を軽やかに問う。

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トリッパー 2016年秋

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