書評
『やきもち焼きの土器つくり』(みすず書房)
神話論理のもつれた糸を解きほぐす手並みの鮮やかさ。そして思考のみずみずしさ。――レヴィ=ストロースが先年久びさに著した本格的な神話研究書の、待望の翻訳である。ページを繰りながら私は、ほんとうに堪能した(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1990年)。
構造主義人類学の頂点を極めた大冊、『神話論理』全四巻が書かれたのは、二十年ほど前のこと。料理の火の起源をめぐる南北アメリカの神話群を素材にした、前人未踏の業績だった。今回とりあげるのは、もうひとつの火の技術、土器作りの起源をめぐる神話群である。そしてそこから、ヨタカ/ホエザル/ナマケモノといった、神話の「動物素(ゾエーム)」たちがどういう意味場を織りなしているのかを明らかにしていく。
レヴィ=ストロースの神話学は、ただでさえ難解とされるうえ、『神話論理』の翻訳が未刊なため、全体像がつかみにくかった。だがうれしいことに、本書はたった一冊で、そのうまい要約になっている。特に神話分析の「基本定式」がどういうものなのか、実例が豊富でよくわかるのがいい。思うにこの定式は一種の比例式で、欠けた項をそれ以外の部分から予測するためのものである。彼はこの操作を、先験的演繹とよぶ。
夜行性で大きく口が裂けたヨタカと、滅多に糞をしないナマケモノ。ここに、口唇における欲望/肛門における保持、の対立が隠れている。この対立が、それ以外のさまざまな対立に展開し、神話群の全体が生み出されていることが明らかになる。これを追っていくだけでも大変スリリングだ。
神話分析は、フロイトの精神分析と似ているようで、根本的に異なるという。フロイトは、性欲という唯一のコードですべてを解読しようとした。一方レヴィ=ストロースは、複数のコードを同等に扱う。それらのコードが「諸項のあいだに関係をうち立てる」ところに、神話の意味作用が現れるという。翻訳も万全で、構造主義の魅力を余すところなくたたえた本書の登場を喜びたい。
【この書評が収録されている書籍】
構造主義人類学の頂点を極めた大冊、『神話論理』全四巻が書かれたのは、二十年ほど前のこと。料理の火の起源をめぐる南北アメリカの神話群を素材にした、前人未踏の業績だった。今回とりあげるのは、もうひとつの火の技術、土器作りの起源をめぐる神話群である。そしてそこから、ヨタカ/ホエザル/ナマケモノといった、神話の「動物素(ゾエーム)」たちがどういう意味場を織りなしているのかを明らかにしていく。
レヴィ=ストロースの神話学は、ただでさえ難解とされるうえ、『神話論理』の翻訳が未刊なため、全体像がつかみにくかった。だがうれしいことに、本書はたった一冊で、そのうまい要約になっている。特に神話分析の「基本定式」がどういうものなのか、実例が豊富でよくわかるのがいい。思うにこの定式は一種の比例式で、欠けた項をそれ以外の部分から予測するためのものである。彼はこの操作を、先験的演繹とよぶ。
夜行性で大きく口が裂けたヨタカと、滅多に糞をしないナマケモノ。ここに、口唇における欲望/肛門における保持、の対立が隠れている。この対立が、それ以外のさまざまな対立に展開し、神話群の全体が生み出されていることが明らかになる。これを追っていくだけでも大変スリリングだ。
神話分析は、フロイトの精神分析と似ているようで、根本的に異なるという。フロイトは、性欲という唯一のコードですべてを解読しようとした。一方レヴィ=ストロースは、複数のコードを同等に扱う。それらのコードが「諸項のあいだに関係をうち立てる」ところに、神話の意味作用が現れるという。翻訳も万全で、構造主義の魅力を余すところなくたたえた本書の登場を喜びたい。
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