英語の体幹はまずリスニングから
「英語の点数はよかったけど、聞き取りが苦手なんです」こんな悩みをよく聞きます。私自身、似たような気持ちになったものです。英語圏に留学したときも、相手の言っていることがわからなくて「え? え? 何?」と思ったことが何度もありました。とても不安になったものです。
しかし、実はここには大きな誤解があります。「聞き取りが難しい」と感じるとき、ほんとうはうまくいっていないのは小手先の「聞き取り術」ではないのです。もっと根深い土台のところに問題がある。「聞き取れない」と感じるのはあくまで兆候です。ちょうど腰痛と同じ。腰が痛いからといって、痛い部分をいろいろいじってもなかなか治らない。内臓や神経に問題があることが多い。同じように、聞き取れないからといって、狭い意味での聞き取り練習やテストばかりしても意味がありません。土台を何とかしないといけないわけです。
本書で、「英語の運動感覚」をクローズアップしたのはそのためです。私が「英語の勉強はまずはリスニングから」というとき、念頭に置いているのは小手先のリスニングテスト対策ではありません。もっと先を見据えた練習です。具体的には、リズムや響き、流れ、タイミング、強さ、意図、そして切れ目。もちろん日本語にもこうした要素はあります。ただ、英語と日本語ではこの運動感覚がかなり異なる。日本語話者が明治以来、英語の学習でこれほど苦労してきたのもそのためなのです。だからこそ、そこを意識的にトレーニングしたい。
なんだあ、気が長いなあ、と思う人もいるかもしれませんが、この部分をきちんとトレーニングできれば、聞く力が上達するだけではなく、話す力や読む力、書く力についても大きな上達が見こめます。というより、そもそも「話す・聞く・書く・読む」といった区別にとらわれる必要がなくなってくるのです。英語の運用は、根本にある「言葉の運動」というところでさまざまな要素が密接にからみあっています。無理にこのような「四技能」の区分にこだわるより、話すこと、聞くこと、書くこと、読むことが連動をしたものとしてとらえた方が先々も大きな上達も見こめます。小手先のテスト対策で練習した英語は、将来、必ず行き詰まってしまうのです。
もちろん、「聞き取れない」と感じる個々の要因はさまざまです。単語を知らない、構文がわからないという場合も多いでしょう。単語を覚えたり、文法を勉強したりといった地道な学習がまずは必要です。また、仕事で英語を使う人であれば、その特定の領域でよく使われる表現や、考え方、ロジックの進め方に慣れておくのも大事でしょう。ここまでくると、「英語の勉強」という領域を越えているようにも感じられるかもしれませんが、言葉とはまさにそのようなもの。言葉は言葉だけでは完結しません。「純粋な英語」などというものはありません。必ず言葉を使う人間がからんでくる。言葉の「外」と呼ぶべき、社会的文化的な背景もかかわってきますし、何より、言葉の「中」と呼ぶべき人間の気分や欲望といった心の動きもとても重要になります。本書に「人間的モヤモヤ」という副題を入れたのもそうした要素を視野に入れた学習を目指したからです。
[書き手] 阿部公彦(東京大学文学部教授)