書評

『東京裏返し 社会学的街歩きガイド』(集英社)

  • 2020/11/11
東京裏返し 社会学的街歩きガイド / 吉見 俊哉
東京裏返し 社会学的街歩きガイド
  • 著者:吉見 俊哉
  • 出版社:集英社
  • 装丁:新書(352ページ)
  • 発売日:2020-08-17
  • ISBN-10:4087211339
  • ISBN-13:978-4087211337
内容紹介:
これからの注目エリアは上野・秋葉原・神保町・本郷・湯島・兜町・王子などの「都心北部」詳細地図つきで、街歩きガイドとしても最適

都市のあり方を思索するために

やや隠喩ふうの書名だが、副題が示したように街歩きの本である。しかし、従来の町案内や文学散歩と違って、街歩きを通じて東京に対する見方や考え方をひっくり返すのが本書の狙いである。

都市を空間的な展開として捉えるだけでなく、時間的存在として理解することは新たな発見の岸辺へ導くきっかけとなった。長い歴史的時間の積み重ねとして東京の街を眺めると、中世以前の時間層と近世江戸の時間層、明治以降と戦後の時間層が継起しながら、折り重なっていることがわかる。戦後、都心は大規模に改造され、文化の中心は六本木や青山から原宿、渋谷一帯に移った。しかし、中世や近世の時間に目を転じると、浅草、上野、本郷、湯島、神保町など都心北部において歴史時計の刻み方が違っていることがわかる。

効率を重視する現代では、スピードが美徳とされている。地上にも地下にも分刻みの正確さを誇る電車が走り、頭上には高速道路が張り巡らされている。しかし、過去の時間層を旅するには緩やかな速度のほうが相応しい。それにぴったりなのはゆったりと走る路面電車である。時速十三~十四キロの速さで移動しながら車窓の外を眺めると、見過ごされやすい街の表情や忘れられた風景が蘇ってくる。レトロな雰囲気を楽しむのではなく、過去と現在の響きあい、街と人生との結びつきを感じ取るためである。

上野・湯島を中心とする地域に目を凝らすと、そこには「聖なる時間」のアウラが立ち上っていることに気付く。神田明神、湯島天神、湯島聖堂、ニコライ堂などの宗教施設が集まっており、近くにイスラム教のモスクもできている。宗教的な多様性はとりわけ都心北部に水際立っており、六本木や青山など流行の先端をゆく地域と鮮明な対照になっている。

川からの眺めも意外な視点を提供してくれる。ビルが川を背にして建っている現在、川からは東京の裏しか見えない。かりに川からの眺めを東京の表の顔に変えれば、東京を裏返すことができる。

これまでにも街歩きは何度かブームになり、時好に肖(あやか)った書物も少なくない。その場合、街歩きは場所の喪失や場所の過剰と共振することが多い。その意味では、街歩きは都市情報の加速度的な更新に伴う、物語の忘却と記憶の再生とのせめぎ合いによって生じた火花と言える。

それに対し、本書が目指すのは単に歴史の木蔭を再現させるだけではない。古きを知ることは、新しい都市風景を創出するためである。実際、今後の都市のあり方について具体的な提案が示されている。その最たるものは路面電車の復活である。都電荒川線を三ノ輪橋から南千住まで伸ばし、そこから浅草、上野へと進む。さらに、秋葉原、神保町を経由し、水道橋、飯田橋を通って早稲田にいたる。そうすると、山手線、大江戸線に続く第三の都心環状線ができあがる。ヨーロッパの都市ではトラムが復活し、都心の交通手段としてその役割が見直されている。東京でもトラムの復権は街を再生するきっかけになる、と著者は力説する。

そうした計画が実現された暁には東京はまったく違った景観を呈することになるであろう。書名の「東京裏返し」にはそのような願いが込められている。
東京裏返し 社会学的街歩きガイド / 吉見 俊哉
東京裏返し 社会学的街歩きガイド
  • 著者:吉見 俊哉
  • 出版社:集英社
  • 装丁:新書(352ページ)
  • 発売日:2020-08-17
  • ISBN-10:4087211339
  • ISBN-13:978-4087211337
内容紹介:
これからの注目エリアは上野・秋葉原・神保町・本郷・湯島・兜町・王子などの「都心北部」詳細地図つきで、街歩きガイドとしても最適

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2020年9月12日

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