『江戸の女/江戸の花街』(『三田村鳶魚全集〈第11巻〉』(中央公論社))
三田村鳶魚(えんぎょ)は江戸学の泰斗だった。八王子千人同心の家に生まれた彼は、明治の藩閥政府にたいする批判を早くからもち、三多摩壮士として活躍、日清戦争には従軍記者となったこともあったが、まもなく得度し、明治四十年代に入ってから歌舞伎の史実考証などを手がけるようになり、江戸研究家として徹底的な文献の渉猟と踏査をつづけた。彼の江戸研究は一見趣味的なものに思われがちだが、けっしてそういった底の浅いものではなく、むしろ江戸趣味といった漠然とした理解を否定し、江戸の生活と文化にたいする科学的な考証をうちたてた。その意味では江戸研究を好事家の手から奪い、一個の江戸学にまで高めたといえよう。
鳶魚の筆名は「詩経」に由来している。みずから濁世の時代にたいするうつぼつとした気概をそこに秘めたのであろう。大正十四年に春陽堂から刊行した「鳶魚随筆」のはしがきに、「国史は国民の生活を中心として記述さるべきものと思ふ、果して然らば我が国の歴史は悉く新に記述されなければなるまい、それは何時の事なのであらう」と書いたことがある。この彼の言葉に耳の痛い歴史家は少なくないであろうが、戦後ならともかく、大正の末年にこれだけのことをはっきりと言い切った鳶魚の態度は、みとめられなくてはなるまい。
彼の江戸研究は戦前には「江戸叢書」として早稲田大学出版部から刊行され、戦後は柴田宵曲の編集で青蛙房から「江戸ばなし集成」として出版されたことがあるが、今回、森銑三、野間光辰、朝倉治彦らの編集で二十七巻、別巻一の全集にまとめられた。これまでの刊行物にとらわれず、あらたに重複等を避けて整理按配し、未収録のものをひろくあつめ、さらに日記を三巻加えるといった周到な企画である。
第一回配本の「江戸の女」「江戸の花街」には、江戸における各種の女性の生きかたを具体的にたどった「女の世の中」など六編と、吉原遊廓の成立および遊女たちの生態について述べた「元吉原の話」など六編、計十二編の考証が収められている。
鳶魚の江戸の女についての考証は、好色めかしたものではなく、それが江戸社会のありかたや人情の機微を解く重要なカギであることを前提としており、江戸での男女の人口比などから筆をおこして、きわめて合理的な理解をすすめ、江戸の女の特性に注目した上で、男女間のさまざまな交渉を幅広く実証的にとらえ、そのモラルの衰退が幕府の瓦解にもつながったことを語っている。
また吉原遊廓の考証にしても、彼の意図は明治期の廃娼運動にまでさかのぼる意識にもとづいており、吉原を肉欲の発散場所だとばかり考える連中にたいする、痛烈な批判を裏にひそめていることを教えられる。
【文庫版】