書評
『食物連鎖』(早川書房)
大学時代、なぜか知らねど、お通夜で線香を絶やさぬがごとくカレーを作り続ける先輩がいた。そのY先輩はまた自称満腹中枢がおかしい人でもあり、焼肉食べ放題の店に行った際も信じられないほどの量の肉をたいらげた挙げ句、着ていたシャツをまくり上げ、張り出した自分の腹を見て嬉しそうに呟いたものである。「あ~、もうこんなにお腹一杯になっちゃった」。そうやって確認しながら食べないと、限界点を超えた時、鯨が潮を吹くような豪快さで食べたものを戻してしまうのだそうだ。わたしがY先輩の隣りに二度と座らなかったのは言うまでもない。
誰にでもそんな食をめぐるエピソードのひとつやふたつある。そしてそれは大抵の場合、笑いや嫌悪感といったある種ナマな感情を引き出すようだ。
伝統料理からゲテモノまで、美味しそうなものから不味そうなものまで様々な食を紹介すると同時に、食べるという行為をモチーフに搾取する者される者、食う者食われる者の関係性を考察した『食物連鎖』は、わたしたちの中にあるそういった本能的なるものに対する感情をあらわにする悪趣味(デテステ)な逸品なんである。
物語はアメリカの有名レストラン・チェーンの放蕩息子ヴァージルのもとに、ロンドンの会員制倶楽部「永遠倶楽部」から招待状が届くところから始まる。三百五十年もの歴史を持ち、その間一度も途切れることなく飽食のパーティを続けているというその倶楽部で豪勢な料理と酒をふるまわれた後、ヴァージルは会員に推挙されるのだが、彼はそれを断り、セックス好きな美女をナンパして倶楽部の手から逃れてしまう。ところが、その女こそ倶楽部の回し者。ヴァージルにイヤってほどのセックスと酒と食べ物を与えまくり太らせる使命を帯びていたんである。その目的とは――!?
後は読んでのお楽しみだけど、いかにも英国流の皮肉の効いた結末といい、グロテスクな描写といい、豊かな教養といい、読後の満腹感(あるいは食傷?)は太鼓判もの。とりわけ物語中に挿入されている史実に基づいたエピソード「永遠倶楽部の歴史」がいい。それにしても、この倶楽部が実在するなら会員になれるはずだな、Y先輩という人は。
【この書評が収録されている書籍】
誰にでもそんな食をめぐるエピソードのひとつやふたつある。そしてそれは大抵の場合、笑いや嫌悪感といったある種ナマな感情を引き出すようだ。
伝統料理からゲテモノまで、美味しそうなものから不味そうなものまで様々な食を紹介すると同時に、食べるという行為をモチーフに搾取する者される者、食う者食われる者の関係性を考察した『食物連鎖』は、わたしたちの中にあるそういった本能的なるものに対する感情をあらわにする悪趣味(デテステ)な逸品なんである。
物語はアメリカの有名レストラン・チェーンの放蕩息子ヴァージルのもとに、ロンドンの会員制倶楽部「永遠倶楽部」から招待状が届くところから始まる。三百五十年もの歴史を持ち、その間一度も途切れることなく飽食のパーティを続けているというその倶楽部で豪勢な料理と酒をふるまわれた後、ヴァージルは会員に推挙されるのだが、彼はそれを断り、セックス好きな美女をナンパして倶楽部の手から逃れてしまう。ところが、その女こそ倶楽部の回し者。ヴァージルにイヤってほどのセックスと酒と食べ物を与えまくり太らせる使命を帯びていたんである。その目的とは――!?
後は読んでのお楽しみだけど、いかにも英国流の皮肉の効いた結末といい、グロテスクな描写といい、豊かな教養といい、読後の満腹感(あるいは食傷?)は太鼓判もの。とりわけ物語中に挿入されている史実に基づいたエピソード「永遠倶楽部の歴史」がいい。それにしても、この倶楽部が実在するなら会員になれるはずだな、Y先輩という人は。
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初出メディア

ダカーポ(終刊) 1995年4月15日号
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