書評
『松本清張への召集令状』(文藝春秋)
激しい怒りをよりどころに公憤へ
松本清張は私憤をよりどころにして公憤をさぐりあて、事実を精査して、それを巧みなフィクションに替えてつづる作風であった。個人的な恨みをそのまま作品化することは少なく、私小説風のリアリズムは好まなかった。森史朗は松本清張担当の編集者として創作の現場に繁(しげ)く関(かか)わったライターであり、それだけに今述べた作風を実証的に述べてよどみがない。
松本清張は戦争の末期に応召し、最下級の兵士として理不尽な苦痛を強いられた。これこそ私憤を公憤に替えて訴えるにふさわしいテーマだが、この作者には弱者の恨みを伝える作品が多いわりには戦争を扱ったものは、むしろ少ない。それはなぜか?
その中にあって『遠い接近』は、まさしくこのテーマを執拗(しつよう)に描いた長編ミステリーだ。ほかにもいくつかあって、本書はこのあたりに広く目を配って作家の人と作品に迫っている。タイトルより内容は広く、清張研究として新しさも備えている。
『遠い接近』は、普通なら赤紙の来るはずのない30代の男が召集され、筆舌に尽くせない不幸にさらされる。
――なぜなんだ――
原因をつきとめ、自分の運命をもてあそんだ男に復讐(ふくしゅう)する。作家の個人的体験がどう変化していくか、創造の種あかしが見えて楽しい。
朝日新聞 2008年5月4日
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