書評

『異聞浪人記』(河出書房新社)

  • 2021/02/20
異聞浪人記 / 滝口 康彦
異聞浪人記
  • 著者:滝口 康彦
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(264ページ)
  • 発売日:2020-09-05
  • ISBN-10:430941768X
  • ISBN-13:978-4309417684
内容紹介:
組織の犠牲となってしまう武士の悲哀を描いた士道小説傑作集。カンヌ映画祭に出品された表題作など代表作を収録。解説=白石一文。

二つの時代を生きた侍たちの葛藤と悲劇

滝口康彦の傑作短編が文庫化された。表題作の「異聞浪人記」(「切腹」として映画化)は半世紀以上前のものだが、今も変わらぬ光芒(こうぼう)を放っている。

戦国の世を生き抜いた侍たちが切り開いた江戸時代とは、まことに矛盾した時代でもあった。常在戦場を建前として掲げながら、長く平和が続いたのだ。穏やかな生活が続くうち、彼らの価値観は少しずつ変容していった。優しさ、慈しみなど、現代の私たちがイメージする「人間らしさ」を自身の内に、また近しい親族に見いだし、肯定するようになっていくのだ。

侍たちは平安の昔から「兵の道」を育み、それを「武士道」へと昇華させていった。彼らは貴族のようには、教養を持っていなかった。武士道は戦いの中でこそ生まれ、成長した実践的な道徳である。「机上」ならぬ「現場」での、血なまぐさい、ぎりぎりの命のやりとり。それは命より大切にすべき精神にも到達したけれど、やはり平凡な、けれども温かな日常とは異質だった。そこに侍として生活する苦しみ、痛みが生じた。

主君のため、お家のため、矜持のため。江戸時代を形成する建前を突きつけられれば、社会のリーダーでもある侍は、服さざるを得ない。時には愛する者や自分自身すら否定しなくてはならない。もしそこに誰かの悪意が介在するならまだしも、時代の矛盾が犠牲を求めるときには、たとえようもない悲劇が生じた。本書はそうした苦難に直面した侍たちの、壮絶な生き様を描く短編集である。

短編ながら、著者は抜群のストーリーテラーである。驚くべき物語が次々に展開され、時代と人間を見通す筆が冴え渡る。だから古びることがない。長く味読するに足る名作ばかり。ぜひ手にとっていただきたい。
異聞浪人記 / 滝口 康彦
異聞浪人記
  • 著者:滝口 康彦
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(264ページ)
  • 発売日:2020-09-05
  • ISBN-10:430941768X
  • ISBN-13:978-4309417684
内容紹介:
組織の犠牲となってしまう武士の悲哀を描いた士道小説傑作集。カンヌ映画祭に出品された表題作など代表作を収録。解説=白石一文。

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初出メディア

サンデー毎日

サンデー毎日 2020年11月22日号

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