前書き

『図説 世界地下名所百科:イスタンブールの沈没宮殿、メキシコの麻薬密輸トンネルから首都圏外郭放水路まで』(原書房)

  • 2021/03/11
図説 世界地下名所百科:イスタンブールの沈没宮殿、メキシコの麻薬密輸トンネルから首都圏外郭放水路まで / クリス・フィッチ
図説 世界地下名所百科:イスタンブールの沈没宮殿、メキシコの麻薬密輸トンネルから首都圏外郭放水路まで
  • 著者:クリス・フィッチ
  • 翻訳:上京 恵
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(226ページ)
  • 発売日:2021-02-18
  • ISBN-10:4562059079
  • ISBN-13:978-4562059072
内容紹介:
トンネル都市、麻薬密輸のトンネル、首都圏外郭放水路など、世界中の地下の魅力的な名所のなりたちを、写真、地図を添え解説。
見えない場所に広がる驚きの空間……人間はなぜか「地下」に魅了されます。地下を行くツアーはすでに定番の観光コースです。
最近出版された『図説 世界地下名所百科』は、世界の地下の名所を紹介する超マニアックな本。カッパドキアの人々が戦乱をさけてつくりあげたトンネル都市、メキシコとアメリカの間にある麻薬密輸のトンネル、「地下神殿」こと首都圏外郭放水路など、世界中の地下の魅力的な名所のなりたちを、写真、地図を添えて解説しています。本書の「まえがき」を公開します。

見えない世界の驚愕の名所の数々

1691年、肩まで髪を伸ばした若き物理学者が、王立学会である発表を行った。科学が飛躍的な進歩を遂げた17世紀の水準からしても、非常に驚異的な内容だった。
それまで科学界は、地球の磁場が予測不可能であること、地球の極が時間とともに変化し続けることに困惑していた。かの有名な彗星にその名を残すエドモンド・ハレーにとって、この難題の答えは単純なものだった。
この星の中には、それぞれが重力によって分かれている同心円状のひと続きの内なる世界があるに違いない。したがって、我々が立っている地面は、簡単に言えば厚さ800キロメートル(500マイル)の最も外側の層であり、内なる世界の動きが磁場を狂わせ続けているのだ。
さらにハレーは、これらの世界には生き物が棲息し、未知の地下の光がそこを照らしていて、北のオーロラと呼ばれる北極光が発生するのもその地下の光が原因だ、と予想した。

ハレーはこうした仮説を根拠もなく立てたわけではない。彼は、我々の足の下には何があるのかに関する1000年来の推測に大きく依拠していた。
古代の神話から、死後の懲罰についての宗教的概念に至るまで、人類は地下世界に対して無数の空想をめぐらせてきた。その多くは、はるか空高くにある輝かしい天国と対照をなすというものだった。
よく知られた『地獄篇』(『神曲』)におけるダンテの地獄からの脱出は、そうしたイメージを決して忘れられないほど鮮やかに詳細まで生き生きと描き出した。
しかし、ハレーのような信用の置ける偉大な科学者が提唱した地下世界の仮説には、フィクションでなく現実だと思わせる重みがあった。ハレーはこの仮説に入れ込んでいたため、1736年に80歳で描かれた晩年の肖像画では、こうした地球内部の地層の図を明確に示した羊皮紙を握り締めているところが描かれている。

ハレーにとって残念なことに、のちに「地球空洞説」と呼ばれるようになったこの理論が科学界をにぎわせたのは、ほんの短期間だった。その後の実験で、地球内部の密度はきわめて高いことが実証されたのだ。
我々が歩いている大陸地殻の下には上部マントルと下部マントルが存在することは現在広く認められており、そこを通る地震波の測定によって内部密度の高さが明らかになっている。
地球の内部が層構造なのは事実だが、液体のマグマと固体鉄の内核で構成されていて、先史時代からの動物が独自の狭い地下世界で暮らしているわけではない。

だとしても、だ。いまだかつて誰ひとり、内核を実際に目にしたことも、マントルのほんの上層以外の部分を見たこともないのである。
世界一深い穴、ロシアのコラ半島超深度掘削坑でも、地面をたった12キロメートル(7マイル)掘っただけであり、地球の半径およそ6,350キロメートル(3,945マイル)のうち、ごくわずかにすぎない。
ゆえに、真に迫った空想が独自の現実世界を作り上げ、深く神秘的な地下世界についての無数の仮説や突拍子もない物語を生み出し続けているのは、なんら驚くべきことではない。

中でもフィクション作家は、我々の世界の下に未知の世界が存在するという可能性から独創的に想像をめぐらせてきた。それは実質的に新たなジャンルとして進化を遂げている。
最も有名なのは、ジュール・ヴェルヌの代表作である冒険小説、広大な地下大洋で恐ろしい怪物たちが死闘を繰り広げる『地底旅行』だろう。だがそれにとどまらず、エドガー・ライス・バローズの描く地底世界ペルシダーから、アリスがウサギの穴に落ちて見つけた奇抜な不思議の国に至るまで、地下世界はさまざまな空想をかきたて続けている。
陰謀論も喜んでその空想に参加し、歴史上最も大きな隠蔽は地上よりはるかに優れた広い秘密の地下世界の存在に違いない、と論じている。

確かに、地上の世界がくまなく探検され、踏査され、測定され、地図に描かれ、写真を撮られ、インスタグラムに載せられている現在、自然や人類発生についての未発見の謎が残されている場所は地球では地下世界だけかもしれない。
我々の生活の大部分が行われている地表面の限界を認識することに価値はあるだろう。実際、我々は(少なくとも)3つの次元から成る世界で生きており、人類はしばしば本能的に空を見上げるものの、下に目を向けることで素晴らしい物語が見出せる場合もある。
オレンジのように地球の皮をむいて、そっと地下を覗いたなら、どんな感動的な光景が広がっているのが見えるだろう?

本書では、目の見えない小さなドラゴンであふれる洞窟や、都市の下に建設されて歴史の核心を露わにする現代の大量交通輸送網を探索する。
戦争の残虐さや恐怖から身を守ろうと掘られたトンネル、人々が不確かな未来に備えて貴重な宝物を安全に保管するため希望を託して作ったトンネル。
謎めいた洞窟の絵から核シェルターまで、言葉を話す木々から未来的な地下施設まで、地下世界は今もハレーの時代と同じく空想をかきたて、畏怖の念を起こさせる。
我々が知らない、あるいは知っているつもりの世界の、不思議で気味悪い現実を、今こそ白日のもとにさらそうではないか。

[書き手]クリス・フィッチ(著述家、地理研究者)(上京恵訳)
図説 世界地下名所百科:イスタンブールの沈没宮殿、メキシコの麻薬密輸トンネルから首都圏外郭放水路まで / クリス・フィッチ
図説 世界地下名所百科:イスタンブールの沈没宮殿、メキシコの麻薬密輸トンネルから首都圏外郭放水路まで
  • 著者:クリス・フィッチ
  • 翻訳:上京 恵
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(226ページ)
  • 発売日:2021-02-18
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