書評

『詩のトポス 人と場所をむすぶ漢詩の力』(平凡社)

  • 2022/03/26
詩のトポス 人と場所をむすぶ漢詩の力 / 齋藤 希史
詩のトポス 人と場所をむすぶ漢詩の力
  • 著者:齋藤 希史
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(286ページ)
  • 発売日:2016-05-20
  • ISBN-10:4582837271
  • ISBN-13:978-4582837278
内容紹介:
洛陽、長安、江戸・・・詠まれたトポスから光を当てると李白や杜甫らの詩はいかに深く、広く読めるか?詩鑑賞の刺激に満ちた新世界。

土地と言葉をめぐる上質な旅

現代日本語は、漢詩文を捨てることで出来てきた。齋藤希史はいくつかの著書においてそう指摘してきた。漢字・漢詩文を核として展開する言葉の世界を「漢文脈」と呼び、それを知ることは、素養や文化遺産というより、現代日本語をより深く考え相対化する視点なのだという。著者が重ねてきたこの主張の重要性は、いくら強調しても足りないほどだ。

そんな著者による、漢詩の本だ。トポスという語の、二つの意味。「ある輪郭をもった特定の場所」と「定型として用いられることばの集積」が、詩歌の力と結びつけられる。洛陽・成都・金陵・洞庭(どうてい)・西湖(せいこ)・廬山(ろざん)・涼州・嶺南・江戸・長安。ある土地をめぐる詩が別の詩を呼び、積み重なって、主題を奏でる。

たとえば、洛陽。「李白にとって洛陽は人生の結び目のような街だった」。李白は、杜甫ともここで出会う。人が集まる都市は、詩の集積地ともなった。

西湖について。杭州の知事として着任した白居易と、ともに官吏任用試験に受かった親友・元稹(げんしん)との交歓は、湖を取りまく情景の発見を浮かび上がらせて、興味深い。白居易の後、蘇軾(そしょく)が知事となる。西湖の治水を手掛け、詩を作る。

廬山もまた多くの詩人を魅了してきた土地。廬山をめぐって、陶淵明は他の詩人と異なる。「かれは登らない」のだ。詩「飲酒」の「悠然として南山を望む」の南山は、「あくまで自宅の南にある山」。つまり、廬山という語を使えば侵入するであろう神仙や仏教のイメージを、回避しているようにも見える、と著者は推測する。語の一つで、がらりと変わる世界。

江戸については、近世から明治への変化を眺める。永井荷風が敬慕した漢詩人・大沼枕山(ちんざん)や、明治前半の漢詩の流行と衰退のことなど。最後に長安の章を置く構成が面白い。あとがきも詩に深く触れていて何度も読みたい。どこまでも続く、上質な言葉の旅だ。
詩のトポス 人と場所をむすぶ漢詩の力 / 齋藤 希史
詩のトポス 人と場所をむすぶ漢詩の力
  • 著者:齋藤 希史
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(286ページ)
  • 発売日:2016-05-20
  • ISBN-10:4582837271
  • ISBN-13:978-4582837278
内容紹介:
洛陽、長安、江戸・・・詠まれたトポスから光を当てると李白や杜甫らの詩はいかに深く、広く読めるか?詩鑑賞の刺激に満ちた新世界。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2016年6月19日

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