書評

『永遠の力道山―プロレス三国志』(徳間書店)

  • 2017/07/18
永遠の力道山―プロレス三国志 / 大下 英治
永遠の力道山―プロレス三国志
  • 著者:大下 英治
  • 出版社:徳間書店
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • ISBN-10:419124650X
  • ISBN-13:978-4191246508
内容紹介:
関取時代の知られざる姿。空手チョップ誕生秘話。木村政彦との血戦に隠された真実。入門時から芽ばえていたG・馬場とA・猪木の確執。そして、祖国に残された娘が語る父、力道山。さらに力道山刺殺者が初めて語る生々しい証言。

墜ちた偶像ではなかった英雄レスラーの虚実

力道山がなぜ黒タイツをはいていたのか、この本『永遠の力道山』(徳間書店)ではじめて知った。

昭和十七年頃だそうだが大相撲時代のこと、同門の弟子の若乃花に厳しい稽古をつけすぎ、あまりの苦しさに冷静を失った若乃花がガブリッと力道山の脚に噛み付き、その歯型の跡を隠すためだった、という。

力道山も若乃花も僕らの子供時代のヒーローだったが、片方が片方に噛みついてから今日までの半世紀の間に二人の評価はだいぶ変わった。若乃花は二子山理事長として、今日の土俵の繁栄を築き、力道山は未だに黒いウワサにまみれたままになっている。

力道山のイメージダウンはあまりに極端だった。

今でも死んだ日のことを覚えているが、暴力団に刺されて死んだという報道を聞いた時、子供心につらかった。山のようなカルネラや象のようなオルテガや毒蛇のようなマーフィをカラテチョップでなぎ倒した世界一強い日本人がなんでヤクザ一人に負けたのか、とても信じられなかった。以後、ろくな話は聞こえてこない。

関脇まで張った大相撲を飛び出してプロレスに走ったのは国籍問題で横綱になれないと分かったからだとか、プロレスの勝負はインチキとか、暴力団とつながっていたとか、英雄イメージを崩すようなことばかり。

もし大下英治のこの本と出合わなければ、僕の中の力道山は墜ちた偶像であり続けたにちがいない。

まず、取材の綿密さがいい。世間に流布する力道山のあれこれのうわさ話についてキチッと書いている。

たとえば、大相撲に入るまでのこと。朝鮮半島の北側に生まれ、かの地の格闘技シルムで活躍しているところを、興行師に見いだされて昭和十五年に十六歳で日本に渡り、力士となった。

戦後は日本に定住するわけだが、かの地には妻がいて、戦前に生まれた一人娘の金英淑は現在、朝鮮民主主義人民共和国のスポーツ部門の幹部として元気にやっている。

超スピードで関脇まで駆け上がったのに相撲界を飛び出した件については、たしかに深夜みずから台所の包丁で髭を切っているけれども、国籍問題とは関係なくて、

「終戦後のどさくさのなかで、焼けてしまった二所ノ関部屋を再建するために、リキさんは走りまわった。……それが肺ジストマという大病を患ったときも、まったく(親方が)面倒を見てくれなかった。給料は安い。借金を申し込んだら断わられた。……あの人は、すぐにカッとなる人だから、あと先かまわず飛び出していったんです」(芳の里)

相撲協会と決裂したわけではないことは、記念すべき昭和二十九年の第一回プロレス興行が、つまりかの伝説の力道山対木村政彦戦、力道山対シャープ兄弟戦が蔵前国技館で開かれたことからも明らかだろう。そしてこの時のテレビ中継はNHKと日本テレビが行った。日本テレビの越智正典アナウンサーは、

「押し合わないようお願いします!危ないところに上がらないで下さい!」

と実況中に何度も絶叫することになるのだが、これは国技館の客へではなく新宿駅西口広場など主要都市に設置された街頭テレビに群がる千四百万人の観衆に向かってであった。

おそらく、戦後、ふつうの日本人がこれほど共通して燃えあがった一夜はなかっただろう。僕の田舎には不幸にして街頭テレビは来ていなかったけれども、この本に克明に描かれた第一回興行までの経過を読んで、そう思う。

さて、一夜にして英雄となった力道山の最後についてだが、ヤクザに刺されて死んだわけではなかった。

その頃、彼は東声会の最高顧問だった。暴力団と関係があったのではなく、そのものだったといえるのだが、興行権をめぐって東声会との間にゴタゴタが起き、命をつけねらわれている最中にたまたまキャバレーで出会った若いヤクザに力道山の方から酔ってケンカを売り、半殺しにする。

具体的なことは当事者の村田勝志氏へのインタビューを読んでいただくとして、殺されると思った村田氏は登山ナイフを振るう。刺された力道山は病院に行くことを拒み、村田氏の自首も許さない。事件が報道され力道山イメージが汚れることをなんとか避けようとしたのである。結局、傷は致命的ではなかったけれども、その後の医療の不手際で死にいたった。

以上のような「秘話」はこの本のごく一部の成果にすぎない。本当に面白いのは、プロレスというそれまでの日本にはまったくなかった肉体形式を、財界人、興行師、ヤクザ、テレビと組んで敗戦後の日本の社会に根づかせ、育てあげてゆく着実にしてメチャクチャな経過である。

戦後の日本を作った技術とか文化についてはすでに知っているけれども、「戦後を作った肉体がある」ことはこの本ではじめて知った。

本当に永遠なのは巨人軍ではなく力道山である。

【この書評が収録されている書籍】
建築探偵、本を伐る / 藤森 照信
建築探偵、本を伐る
  • 著者:藤森 照信
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(313ページ)
  • 発売日:2001-02-10
  • ISBN-10:4794964765
  • ISBN-13:978-4794964762
内容紹介:
本の山に分け入る。自然科学の眼は、ドウス昌代、かわぐちかいじ、杉浦康平、末井昭、秋野不矩…をどう見つめるのだろうか。東大教授にして路上観察家が描く読書をめぐる冒険譚。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

永遠の力道山―プロレス三国志 / 大下 英治
永遠の力道山―プロレス三国志
  • 著者:大下 英治
  • 出版社:徳間書店
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • ISBN-10:419124650X
  • ISBN-13:978-4191246508
内容紹介:
関取時代の知られざる姿。空手チョップ誕生秘話。木村政彦との血戦に隠された真実。入門時から芽ばえていたG・馬場とA・猪木の確執。そして、祖国に残された娘が語る父、力道山。さらに力道山刺殺者が初めて語る生々しい証言。

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 1991年12月6日

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