書評

『わが「転向」』(文藝春秋)

  • 2017/07/18
わが「転向」 / 吉本 隆明
わが「転向」
  • 著者:吉本 隆明
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(202ページ)
  • ISBN-10:4167289040
  • ISBN-13:978-4167289041
内容紹介:
60年安保の総括からマルクス主義批判、小沢一郎擁護、共産党ファシスト論、新・左翼宣言まで、政治社会の現状に対する確固とした見解を述べる。『文芸春秋』掲載時に大反響を呼んだ、時代の一歩先を縦横に論じる話題の書。
『わが「転向」』とはショッキングな題だが、これは編集者のつけたもの。中身は著者・吉本氏の素直な述懐である。

著者の思想遍歴をまとめてみると、こうなる。①軍国少年・吉本氏は、戦争で死んでもいいと思いつめていた。②敗戦で、正義の戦争が実は愚劣だったと思い知らされたが、憲法九条と引きかえならいいと思った。③安保では醒めていたが、学生を理解できたので行動を共にした。④七二年ごろを境にマルクス主義・左翼が効力を失ったので、大衆文化や都市と本格的取り組み現在に至った。――戦後をリードし続けた氏の遍歴に、柔軟さと強靭さの類まれなバランスを感じる。氏に異論を挟む人びとさえ、自分の位置を測るのにこっそり吉本氏を参照している場合が多い。

吉本氏は「冷戦体制が崩壊するずっと以前に、マルクス主義・左翼思想の解体を実践した思想家」として、後世から評価されることになろう。氏は全学連主流派を評して、《ソビエトとアメリカという両体制……双方から押し潰されず、どちらの様式も取らなかったという意味では、彼らのやり方はいちばん妥当なもの……でした》(一一頁)とのべている。これは吉本氏自身のことでもある。氏の歩みは、知的世界のなかにその表現を与えられないまま、黙々と戦後の現実を築きあげてきた無名の大衆の営為を代弁した。このことは、氏が左翼の官僚制に反対し、《大衆の原像》にこだわり続けたことと符合する。

私が吉本氏に感じる唯一の異和は、氏が権力を肯定する論理をいっさい持ち合わせていないことだ。政府をリコールできることが大切だとか、自衛隊を合憲と言うべきでないとか、政治の終焉(政治が町内のゴミ当番みたいなものになること)をイメージすべきだとかいった部分に、戦後の刻印を感ずる。

柄谷行人、浅田彰氏らが吉本氏の「転向」を批判したのに対し、氏は《マルクス主義の否定的批判をしない……姑息な知識人》と切り返した。両者のどちらに分があったか、いずれ歴史が裁定を下すに違いない。

【この書評が収録されている書籍】
書評のおしごと―Book Reviews 1983‐2003 / 橋爪 大三郎
書評のおしごと―Book Reviews 1983‐2003
  • 著者:橋爪 大三郎
  • 出版社:海鳥社
  • 装丁:単行本(382ページ)
  • ISBN-10:4874155421
  • ISBN-13:978-4874155424
内容紹介:
1980年代、現代思想ブームの渦中に登場以来、国内外の動向・思潮を客観的に見据えた著作と発言で論壇をリードしてきた橋爪大三郎が、20年間にわたり執筆した書評を初めて集成。明快な思考で知られる著者による、書評の最良の教科書。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

わが「転向」 / 吉本 隆明
わが「転向」
  • 著者:吉本 隆明
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(202ページ)
  • ISBN-10:4167289040
  • ISBN-13:978-4167289041
内容紹介:
60年安保の総括からマルクス主義批判、小沢一郎擁護、共産党ファシスト論、新・左翼宣言まで、政治社会の現状に対する確固とした見解を述べる。『文芸春秋』掲載時に大反響を呼んだ、時代の一歩先を縦横に論じる話題の書。

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初出メディア

北海道新聞

北海道新聞 1995年4月2日

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