書評

『天皇の軍隊と朝鮮人慰安婦』(三一書房)

  • 2023/06/29
天皇の軍隊と朝鮮人慰安婦 / 金 一勉
天皇の軍隊と朝鮮人慰安婦
  • 著者:金 一勉
  • 出版社:三一書房
  • 装丁:単行本(284ページ)
  • 発売日:1976-01-01
  • ISBN-10:4380762297
  • ISBN-13:978-4380762291

植民地支配のおぞましさ

日本はかつて戦争を遂行するにあたって、戦力増強の一手段として、植民地の青少年を兵士に仕立てて戦場に送りこみ、日本内地へ強制連行して炭鉱労働や軍需工場などで使役しただけでなく、未婚女性を大量に動員し、特殊用務に従わせた。

表向きは「女子愛国奉仕隊」「女子挺身隊」などとよばれたが、実質は軍隊専用の慰安婦であり、彼女たちは“聖戦”完遂の目的のため、朝鮮各地で募集(実際は強権による供出)され、軍と結託した売春業者の手によって、中国の戦場で軍と行動をともにしながら、売春行為を強いられたのである。

戦時中の慰安婦の数は約二十万人といわれるが、その八割から九割までが、十六歳から十九歳までの朝鮮人女性であり、彼女たちは「皇国臣民の誓詞」にもとづき、「お国のため」にいけにえとされた。慰安婦のなかには娼妓や酌婦の経験をもつ日本人女性と、現地で調達(?)された中国人女性がまじっていたが、それはごく少数であり、中国人女性はスパイ活動を警戒して敬遠され、日本人女性は将校用にまわされ、一般の兵士が接するのは、ほとんど朝鮮人の慰安婦だった。

軍隊には「ニクイチ」という隠語があった。兵士二十九人にたいして女子一人の割当てを意味していた。だまされて戦場へかりだされた若い朝鮮人女性たちは、いわゆる遣手婆(やりてばば)の特訓を受け、徹底的に骨抜きにされて人身御供に供せられる。そして粗末な慰安所で多いときは一日六十人近い兵士から“輪姦”をうけ、儲けも業者にピンはねされながら、その管理は酒保品伝票で処理された。人間ではなく、物品あつかいだったのだ。

この本はその朝鮮人慰安婦の実態を、これまでに刊行された諸文献や体験者の実話などにもとづいてまとめたものだが、著者もあとがきで語っているように、その内容は目をおおいたくなるものがある。だがその汚濁から目をそらしたのでは、歴史はゆがんでしまう。

著者は戦場慰安婦の問題を、日本の植民地支配とそのひずみの端的なあらわれとしてとらえ、位置づけようとつとめており、日中戦争の過程での大陸における戦場慰安婦たちの問題が、太平洋戦争の突発でさらに南方戦域においてどのように継承されていったか、また死戦場で慰安婦たちがどう処理されたか、その最後までをふくめて歴史を凝視する態度をつらぬいている。

南京周辺の駐屯部隊で糧秣(りょうまつ)班に所属し、朝鮮人慰安婦の世話を親身になってはたしたことのある伊藤桂一は、「私は靖国神社の境内にでも従軍看護婦と戦場慰安婦の忠霊塔ぐらいは建てても宜いのではないか、と思っている。ことに慰安婦の場合、兵隊なみに生命をけずっている」と書いたことがある。朝鮮人がこの言葉をどううけとるかは別として、軍隊慰安婦の問題は、そのまま日本人の歴史の傷痕でもあるのだ。
天皇の軍隊と朝鮮人慰安婦 / 金 一勉
天皇の軍隊と朝鮮人慰安婦
  • 著者:金 一勉
  • 出版社:三一書房
  • 装丁:単行本(284ページ)
  • 発売日:1976-01-01
  • ISBN-10:4380762297
  • ISBN-13:978-4380762291

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 1976年4月2日

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