〈第三波〉当時の感染症指定病院がどのような状況だったか。現役の医師が時間を削って書いた、渾身の報告
「新型コロナウィルスの感染拡大で医療体制が崩壊の危機」という定型の文句を、ここ数か月何度も目にし、耳にしている。崩壊したらどうなるのだろうとぼんやり思うが、思考はそこで止まってしまう。分からないし怖い。だから想像したくない……。この小説を読み始めてすぐ、考えようともしなかった自分を深く恥じた。医療関係者たちは、危機どころかすでに崩壊している中で、懸命に持ちこたえながら闘っているのだ。
これは現役の医師が時間を削って書いた、渾身の報告だ。2021年の年明けからの約1か月、いわゆる「第三波」当時の感染症指定病院がどのような状況だったかを、フィクションの形で綴った記録なのである。
物語は40代の消化器内科医、敷島寛治に焦点を当てて語られる。彼が勤務している長野県の信濃山病院は「コロナ診療の最前線」だ。呼吸器の専門医はおらず、専門外の内科医と外科医が集まった混成チームで対応に当たっている。重症患者を搬送できる医療機関は、一か所しかない。
一般診療を継続しながらの診察は熾烈を極める。発熱外来に並ぶ車に防護服を着た看護師がiPadを渡し、医師とオンラインでやり取りする。端末をうまく操作できない人ももちろんいて、病状把握は忍耐の連続だ。感染症病床を六倍に増やし、クラスターが発生した介護施設の高齢者を受け入れ、ぎりぎりの上にぎりぎりの状況が重なっていく。日々必死に理性を保ち、最善を尽くすチーム。彼らの前にもたらされたのは、院内感染が発生したという、無情の事実だった──。
孤軍奮闘の模様に胸が苦しくなる。理不尽さに怒りが沸いてくる。しかし、そこに読み手である自分がかかわっていないとは言えないと気付き、はっとさせられた。
声を上げない人々は、すぐそばに当たり前のようにいる。苦しい毎日に静かに向き合い、黙々と日々を積み上げている。
これは「わたしたちの現実」の話だ。煽り立てない穏やかな言葉が、読者の意識を確実に変える。