書評
『大伴旅人』(吉川弘文館)
歌に込められた心情から、人間・旅人に迫る
専門の研究者が書き、日本歴史学会が編集する「人物叢書(そうしょ)」(新装版)の一冊。「令和」の典拠とされる「梅花の歌三十二首」の序文の話題はまだ記憶に新しいが、この宴の主こそ、大宰府長官であった大伴旅人(おおとものたびと)。旅人は名門大伴氏の中心人物であり、だからこそ、儀礼や宴の場で歌を詠むことが求められた。
「しかし彼は、その場の要請を超え、その立場以上に、彼の内奥にある心情を表出しようとする。そしてそれが可能であったのは、実は彼が高級官人であったからなのである。そのようなあり方において、彼は『万葉集』の語る歴史上、初めて現われた『歌人』なのであった。身分ある官人の『私』を歌う歌の世界を切り開いた点で、旅人という『歌人』の意義は大きい」(はしがき)
屈指の万葉学者である著者が、あえて人物伝として大伴旅人を記した根拠はここにある。
時代や境遇、人生の変遷をていねいに追いながら、歌の心情を探り、また文学運動としての集団詠や山上憶良(やまのうえのおくら)との関係に言及する。歴史書には記されない人間・旅人の苦悩ゆえに生まれた歌人・旅人の姿、そして研究者の情熱に感銘を受ける。
[書き手] 小島 ゆかり(こじま ゆかり)1956年、愛知県生まれ。歌人。
『憂春』(角川学芸出版・第40回迢空賞受賞)『泥と青葉』(青磁社・第26回斎藤茂吉短歌文学賞受賞)『馬上』(現代短歌社・第67回芸術選奨文部科学大臣賞受賞)など、この他にも多くの歌集を上梓、また短歌会や歌壇の選者を務め、2017年秋には、紫綬褒章を受章。
近著として、『六六魚』(本阿弥書店・2018年)『雪麻呂』(短歌研究社・2021年)がある。
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