書評
『ブックセラーズ・ダイアリー:スコットランド最大の古書店の一年』(白水社)
あまりに英国的な人間喜劇
いやはや、驚き入った。世の中には、こんな人もいるんだなあと、まずはびっくりだが、それがいかにもまたイギリス的(もっとも著者はスコットランド人であるが)な、「暗いユーモア」が躍如としていて、まことに楽しい。冷徹なる人間観察と、一ひねりしたユーモアでグサッとやっつける、その舌鋒(ぜっぽう)の鋭さといい、近来稀に見る面白い本であった。
著者は、スコットランドのウィグタウンという田舎町の外れの農場で育ったという。しかるに、この町に「The Book Shop」という端的な名前の古書店があって、30歳の時にふと立ち寄ったところ、老店主から、この店を買わないかと持ちかけられて、つい銀行ローンで買い取ってしまった、というのである。そこからして破天荒であるが、じつは斜陽の町だったウィグタウンが、ウェールズのヘイ・オン・ワイの向こうを張って、書物の町として町起しをしようという企画にも投じて、とうとうイギリス屈指の大古書店となったというのである。いわば、本書は、その店主バイセル氏の「独り言」を書き留めた日誌なのだ。それが最初から公開刊行を意図していたかは分からないが、たぶん、そんなつもりもなく、思うままに書いたのであろうと思わせてくれる自由自在な口吻(こうふん)がこの本の最大の魅力となっている。
で、店主も変わり者だが、そこに働く店員もまけず劣らず変わっていて、店主の言うことなど一向に聞かないというのも面白い。さらには、やってくる客がまた、変てこな人ばかりで(たぶんまともな客については書いてないので、結果的に変人の客ばかりが描かれる)、まるで上等の人間喜劇を見る趣がある。そのやりとりは「ああ、あるある」という感じで、こういうところへ来て変に威張ったり、ひけらかしたり、そういう半可通の客に、店主があるときは無愛想に、あるときは楽しげにうっちゃりを食らわす、その面白さ。
そしてこの日本語訳が、ちかごろ出色の見事な文章で、思わず翻訳であることを忘れさせてくれる。そんな訳はほんとうに少ないのだが、それはすなわち、訳者がこの特殊な業界の内実をとことん理解し、自家薬籠中のものとして書いていることを物語る。読書の秋の、毒にも薬にもならない好著としてぜひ一読をお勧めする次第。
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