自著解説

『グローバル開発史―もう一つの冷戦―』(名古屋大学出版会)

  • 2022/06/22
グローバル開発史―もう一つの冷戦― / サラ・ロレンツィーニ
グローバル開発史―もう一つの冷戦―
  • 著者:サラ・ロレンツィーニ
  • 翻訳:三須 拓也,山本 健
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(384ページ)
  • 発売日:2022-06-15
  • ISBN-10:4815810907
  • ISBN-13:978-4815810900
内容紹介:
開発はなぜ、いかにしてなされたのか。米・ソ・欧・中の対抗関係を軸にした実践と、国際機関や私的アクターの国境をこえた活動を描き出し、旧植民地・途上国との相克も視野に、20世紀初頭の「開発」の誕生から冷戦後までの、無数の思惑が交錯する複雑な歴史を初めてトータルに把握する。

開発=発展(デベロップメント)は世界をどのように変えてきたのか?

世界には、依然として豊かな国と貧しい国がある。その格差も極めて大きい。貧しい国をどのように豊かにするのか。世界から貧困や飢餓をなくすにはどうすべきか。我々現代人が直面しているこれらの問題に対して、「開発」に解決策を見出そうとする考えは、実は歴史的には新しい。このたび翻訳した『グローバル開発史――もう一つの冷戦』は、20世紀に誕生したこの開発の歴史をグローバルな視点で描く、野心的で画期的な本である。

著者のサラ・ロレンツィーニは、現在イタリアのトレント大学人間学部・国際学大学院で教鞭を執っている。専門は冷戦史、欧州統合史、脱植民地化と南北関係、環境史など多岐にわたる。彼女はその豊富な知識に基づき、さらには各国の一次史料をも用いて、開発のグローバル・ヒストリーをまとめあげた。


開発=発展(デベロップメント)

開発あるいは発展(英語ではどちらもデベロップメント)という言葉は、1920年代まで今日的な意味で使われることはほとんどなかったということをご存じだろうか。経済学の専門用語となったのは30年代以降で、それまでは進歩(プログレス)という言葉がもっぱら使われていた。ロレンツィーニによれば、開発や発展がポピュラーなものになるのは、第二次世界大戦後、冷戦という国際政治状況と密接な関係にあったという。本書のサブタイトルを「もう一つの冷戦」とした理由はここにある。


冷戦時代の開発

1950年代後半から60年代にかけて、ヨーロッパ帝国の解体と脱植民地化が進んだ。「アフリカの年」として知られる1960年頃には多数の新独立国が誕生したが、一方でヨーロッパの旧帝国は、開発援助を通じて、旧植民地国への影響力を保持しようとした。旧帝国は、「文明化の使命」として追求した植民地開発の経験を、今度は新独立国への援助に活かすようになったのである。

ただし、帝国の解体と脱植民地化のタイミングは、米ソ冷戦のまっただなかだったため、開発にもその影響が及ぶことになった。

もともと米ソは、第二次世界大戦前から開発についての独自の知見を蓄積していた。米国は、1930年代のニューディール政策によって、公共事業を軸とした社会改革を成功させた。この経験は、後の米国流開発援助へと繋がっていく。一方でソ連も「社会主義の近代化」という思想のもと、中央アジアなどでの開発経験があった。

そして戦後に入ると、第三世界との連帯(東側陣営では援助を意味する)を掲げるフルシチョフのもとで、ソ連は開発援助に乗り出していく。こうした状況下で、ソ連の連帯に対抗しつつ、米国が旧帝国と新独立国を橋渡しするロジックとして、近代化論とよばれる開発思想が生まれた。


米国中心的な語りではない開発の歴史

開発に関する多くの書物では、この近代化論を中心として、アメリカの開発政策ばかりが論じられている。しかしながら、『グローバル開発史』が批判するのは、まさしくそうした西側(特に米国)の覇権的なプロジェクトとして描くことなのである。ロレンツィーニは、開発の歴史を、さまざまな国や地域の計画のパッチワークとして理解すべきだと強調する。それゆえ本書では米国中心的な語りを排除し、西側陣営における同盟国間の開発政策に関する根深い意見対立や、ヨーロッパ独自の経験、援助構想なども明らかにしている。

米欧ソがせめぎ合う状況は、新独立国に援助をめぐるバーゲニング・パワーをもたらした。1955年のバンドン会議を端緒として、彼らは「第三世界主義」思想を掲げ、植民地支配による搾取の是正を訴えた。植民地支配を受けた「南」に対して、米欧ソを「北」と一括りにしたうえで、大国同士を競い合わせ、自分たちに有利な援助計画を東西両陣営から引きだすポジションを築いたのである。

また国連は「第三世界主義化する開発」の恰好の舞台であった。新独立国の加盟が増大するなかで、ケネディは「国連開発の10年」を訴え、他方国連組織にも開発のDNAが刻み込まれていたからであった(専門機関には、国際連盟時代から引き継がれた、開発に関する人的・技術的遺産があった)。1960年代を通じて途上国は、国連総会の多数派として、開発をめぐる「南」の言説を形成した。やがて、64年の国連貿易開発会議(UNCTAD)の設立を経て、74年の「新国際経済秩序(NIEO)」構想に結実する。

冷戦下、米国もソ連も、ヨーロッパ諸国も途上国もみなそれぞれの開発政策を追求していった。それらを広く論じることが、まさに開発の歴史をグローバルに語ることである。ロレンツィーニは本書において、冷戦こそが開発というイデオロギーを形成し、さらに国家が重要な役割を果たした、と強調している。それが「開発の時代」を生み出した背景であった。1940年代から70年代前半の時期、開発はグローバルなブームとなった。


「開発の時代」から「人権・環境の時代」へ

しかしその後、近代化論が想定したような、経済成長や科学技術の進歩が普遍的な幸福をもたらすという楽観主義に対して、強い疑念が持たれるようになる。というのも開発ブームは、様々な問題の引き金となったからである。政治腐敗、多額の負債、独裁的な政府による人権抑圧……。くわえて開発は、環境汚染という問題も引き起こした。貧困はなくならず、それどころか資源の枯渇、人口問題、自然破壊への懸念など、新たな不安が続出した。国際機関は国境を越えた普遍的な開発を目指したが、結局それに失敗したことも『グローバル開発史』が強調するポイントである。

環境問題への取組みは、石油危機という逆風にも直面する。「南」の国々は、「北」が語る環境保護主義を、貧困の問題から目をそらし、援助の義務から逃れるための口実だと捉える。一方で「南」からの攻勢にさらされ続けた米ソは、1970年代になると開発援助への全般的関心を失い、「南」への援助を躊躇するようになっていく。80年代になると、従来の開発思想に対する批判が主流となり、「失われた10年」の時代となる。そして、ソ連の崩壊と冷戦の終結は、途上国に何をもたらしたのか。このような「開発の時代」から「人権・環境の時代」への展開もまた、歴史の流れの中で克明に論じられている。ぜひ注目して読んでいただきたい。

『グローバル開発史』が描き出す、壮大な開発の物語。この物語は数多くの政治家、官僚、知識人などによって作られてきた。現在でもそうだが、開発は、世界を変えてきたモーメントの一つである。今日、我々が目にする世界の姿は、過去の開発の帰結でもある。本書を通じて、我々は、冷戦時代に登場した開発に関する言説や制度が、今日でも影響力を持ち続けていることを知るだろう。また、戦後日本の開発主義や国際協力のグローバルな史的後景を知るだろう。開発を一つの手がかりとして、20世紀世界の成り立ちに関心のある読者はぜひ手にとって貰えればと思う。

[書き手]三須拓也(訳者・東北学院大学法学部教授)/山本健(訳者・西南学院大学法学部教授)
グローバル開発史―もう一つの冷戦― / サラ・ロレンツィーニ
グローバル開発史―もう一つの冷戦―
  • 著者:サラ・ロレンツィーニ
  • 翻訳:三須 拓也,山本 健
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(384ページ)
  • 発売日:2022-06-15
  • ISBN-10:4815810907
  • ISBN-13:978-4815810900
内容紹介:
開発はなぜ、いかにしてなされたのか。米・ソ・欧・中の対抗関係を軸にした実践と、国際機関や私的アクターの国境をこえた活動を描き出し、旧植民地・途上国との相克も視野に、20世紀初頭の「開発」の誕生から冷戦後までの、無数の思惑が交錯する複雑な歴史を初めてトータルに把握する。

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ALL REVIEWS 2022年6月22日

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