書評

『キャッチ・アンド・キル』(文藝春秋)

  • 2022/06/28
キャッチ・アンド・キル / ローナン・ファロー
キャッチ・アンド・キル
  • 著者:ローナン・ファロー
  • 翻訳:関 美和
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(493ページ)
  • 発売日:2022-04-12
  • ISBN-10:4163915265
  • ISBN-13:978-4163915265
内容紹介:
ハリウッドのセクハラスキャンダルをスクープ。政界・司法界に及ぶ米国の巨大な闇を暴いた。著者は30歳でピューリッツァー賞受賞。

もう黙りたくないという切実な思い

自らの性被害体験をオンライン上に投稿し、多くの被害者と連帯する運動「#MeToo」は、2017年にアメリカから世界に広まった。そのきっかけになったのは、ハリウッドを代表する大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインによる性暴力を告発する記事だった。掲載したのは、ニューヨーク・タイムズ紙、次いで、雑誌ニューヨーカー。ニューヨーカーの記事を書いたのが、本書の著者のローナン・ファローだ。

全米をカバーするネットワークNBCの調査報道記者として、彼は取材を続け、貴重な証言を映像にとらえてもいた。それがなぜ、テレビではなくニューヨーカー誌での告発になったのか。

ハリウッドにはびこる性暴力に関する噂は、以前からあった。野心家のローナンとプロデューサーのマクヒューは、話をしてくれそうな人物にアクセスする。しかし、ある人は顔を引きつらせてその件は語らないと言い、別の人物はこっそり「スキャンダルをもみ消すために使える資金がいつも準備されていた」と耳打ちする。

ハーヴェイ・ワインスタインと仕事をした人たちは、その悪癖も知っていた。公にしようとすればどんな目に遭わされるかも。タイトルは、スキャンダルが表に出る前に、告発者を徹底的に痛めつけ、再起不能にし、業界から消し去る、そのやり方を指す。

ただでさえ、性暴力の被害者が声を上げれば、こんな非難が被害者に降ってくる。――本人に隙があったからだ。合意の上ではないか。有名になりたいのが動機だろう、等々。ワインスタインが雇った連中は、それを熟知している。勇気を出して声を上げた被害者たちの醜聞を捏造し、ばら撒き、屈辱を与えて黙らせる。札束で口を塞ぐのも常套手段だ。

事件を調べ始めたローナンは、自分が監視されていることに気づく。その監視者の正体は、イスラエル諜報機関の元エージェントが作ったグループだった。彼らにできるのは、監視だけではない。醜聞の捏造も脅迫もするし、信頼させて情報を引き出し、敵対している勢力に渡すこともする。

NBCも脅される。ローナンは必要な情報をそろえ、裏も取っているのに、上層部はGOサインを出さない。彼自身も、どんどん追い詰められていく。

著者は、じつは女優ミア・ファローの息子。ローナンが数々の困難を打ち破って、この事実を明るみに出した背景には、義姉ディランの存在があった。彼女こそ、実父ウディ・アレンから受けた性被害を何度も告発した人物だ。ディランは弟に言う。「もし捕まえたら、逃さないで。わかった?」

性暴力の凄まじさもさることながら、政界、司法、メディア、エンターテインメント業界、諜報機関が共謀して捏造と隠蔽に血道を上げる恐ろしさに背筋が凍る。わたしたちが生きている世界は、こんなにも狂っているのかと。

それでも告発を諦めなかった著者ら、ジャーナリストの気骨には、胸打たれる。彼らを突き動かしたのは、傷つけられ、辱められた上に沈黙させられた多くの被害者たちの、もう黙りたくないという切実な思いだろう。

今年に入って、日本映画界の性暴力や、国会議員のセクハラなどの報道が続く。本書を読みながら、被害者の苦しみを思う。
キャッチ・アンド・キル / ローナン・ファロー
キャッチ・アンド・キル
  • 著者:ローナン・ファロー
  • 翻訳:関 美和
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(493ページ)
  • 発売日:2022-04-12
  • ISBN-10:4163915265
  • ISBN-13:978-4163915265
内容紹介:
ハリウッドのセクハラスキャンダルをスクープ。政界・司法界に及ぶ米国の巨大な闇を暴いた。著者は30歳でピューリッツァー賞受賞。

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