インタビュー

『致死量の友だち』(二見書房)

  • 2022/07/04
致死量の友だち / 田辺 青蛙
致死量の友だち
  • 著者:田辺 青蛙
  • 出版社:二見書房
  • 装丁:単行本(320ページ)
  • 発売日:2022-02-21
  • ISBN-10:4576220349
  • ISBN-13:978-4576220345
内容紹介:
苛烈な虐めをうける宇打ひじり。死をも考え始めるが、その時、美しい同級生・夕実から毒で一緒に仕返しをしようと誘われるが――。

田辺青蛙インタビュー|虐めを鋭く告発する毒殺ミステリ──『致死量の友だち』をめぐって

東 雅夫(ひがし まさお)
アンソロジスト、文芸評論家。1982年『幻想文学』を創刊し、2003年まで編集長を務める。
その後怪談専門誌『幽』編集長を務めた。2011年著書『遠野物語と怪談の時代』で、第64回日本推理作家協会賞(評論その他の部門)を受賞。
編纂書に『文豪怪談傑作選』『てのひら怪談』『稲生モノノケ大全』ほか多数がある。

田辺 青蛙(たなべ せいあ)
2006年第4回ビーケーワン怪談大賞で佳作となり『てのひら怪談』に短編が収録される。2008年『生き屏風』で、第15回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞。
著書に『人魚の石』『大阪怪談』『大阪怪談人斬り』、『致死量のともだち」など

聞き手=東雅夫


──田辺青蛙さんといえば、第15回日本ホラー小説大賞で短篇賞を受賞した『生き屏風』(角川ホラー文庫)に代表されるファンタジックな妖怪小説や、『あめだま』(青土社)などの怪奇幻想掌篇を、これまで主に手がけてこられたわけですが、今回の新作長篇『致死量の友だち』(二見書房)では、なんとミステリに初挑戦されましたが、これは、そもそもどういう経緯で、お書きになることに?

田辺 二見書房さんが、今回新しく〈二見ホラー×ミステリ文庫〉というレーベルを始めるので、新作書き下ろしの御依頼をいただいたんですが、たまたまその企画を進めている間に、木爾チレンさんの『みんな蛍を殺したかった』という、女子高生を主人公にしたホラーミステリが出まして、非常に話題になった。それとテーマが少し似ていたので、だったら文庫じゃなくて、こっちも四六判ハードカバーで出そうか……ということになりました。

──今までミステリ・ジャンルの作品を書いたことは?

田辺 書いたことはなかったんですけど、世の中には〈バカミス〉というジャンルもあるようだし(笑)……私、ちょっとヘンなミステリが大好きなんですよ。それで結末のところで、「実は宇宙人でした」とか「妖怪でした~」とかトリックが超常現象でも受けるかな、許されるのかなと思っていたんですが、書いているうちに、それはさすがに「ない」かな、と。かえってハードルが高いかなと、途中で気がつきました(笑)。
個人的にミステリジャンルを書いている作家さんって、みんな天才っていうか無茶苦茶頭いいんだろうなって思いましたね。
それでいろいろ考えて、〈毒殺〉をモチーフにしたのは、このテーマに、以前から興味があったからなんです。
現実に起きた毒殺事件にも、いろいろと謎めいた事件が多くて、実地の検証がきわめて難しいんですよ。冤罪だと言われている事件もありますし、毒を使った大量殺人で未だに犯人が捕まっていない事件もある。そういうのが非常に怖いなと以前から思っていました。
だから、実際にあった毒殺事件をベースにして、誰かが誰かを真犯人だと間違えていて、ミスリードしていくという話を書けば、もしかしたらミステリの体裁になるんじゃないか……と思って、やってみたんですよ。でも思ったほど上手くいかなくって。
自分が物語を上手くコントロール出来ていない感じが、書いていてずっとあったせいかも知れません。
それにミステリ読みの読者の方からは、こういうトリックは、業界ではルール違反だと批判されてしまって……そもそも私は、ルールそのものを知らないので……もっと勉強しないとだめだなと……。

──な、なるほど(汗)。実際に書いてみた手応えは、いかがでしたか?

田辺 勉強不足だったせいもあるでしょうが、ミステリはやはり難しいなと。でも私は、江戸川乱歩や横溝正史とかの摩訶不思議で猟奇的な話も大好きなので、ケレン味も含めて、土着っぽいものも、いつか書けるといいな、という憧れはずっとありました。ああいう荒唐無稽な、なんでそこで巨大カブトムシや郵便ポストになるの、その気球はどこでどうやって調達したのーーー!?とか、あと小林少年のエロティシズムとか。岡山に短い期間ですが住んでいた時に、横溝の小説に出て来るような場所だらけだなと思っていたら、近所に横溝の疎開宅がありました。他に誰も真似できないような作品を、いつか書けたら素敵だなっていうのはずっと思っています。

──本書では、壮絶な虐めのシーンが登場しますが、これは、かなりリアルに御自身が見聞した現実を反映していますか?

田辺 たしかに、反映しているところもありますね。でも、あんまり虐めのシーンを書きすぎたら、担当編集者さんに引かれてしまったので……。相手を殺したいと思うくらいだから、復讐があまりにも勝ちすぎていると、かえって読者は共感してくれないだろう、と。本当はもっともっと酷い目に、作中の女の子たちが遭うんですけど、今回はこれぐらいで……というところに、落ち着きました。
実際に、酷い目に遭っている人たちは現実にいて。いじめられっ子って、反撃する気力さえも奪われるくらい、追い詰められていることが多いですよね。

昔、「いじめ撃退マニュアル」みたいな本があって、当時けっこう売れた記憶があるんだけど、あのときに、虐められてる側を追い詰められるような言葉を、皆の前で大声で言ってやろうみたいな……たとえば「死んでやる!」とか。ああいうの、私も自分が虐められたとき非常に助けになりました。
『致死量の友だち』みたいに、相手を殺そうというのはさすがにアレだけど、一方的にやられっぱなしは、納得できないですよね。だからこそテレビの「必殺!」シリーズなんかも、ずっと時代を超えて受けているんだろうと思うんですよ。これは弱者が虐げられるだけの話じゃないよ、というね。
なんだかんだ言って、復讐物ってみんな好きですよね。「善悪のクズ」とか「ミスミソウ」とか。三家本礼の「クレイジーママ」とか。
なので、そういう話を書いたつもりなんだけど、あんまり読者側から、そうした意見は拝見できず、虐めのシーンが辛くて読んでいられなかった……みたいな感想が、ポツポツ来ただけでした。
最初はどこに着地するのか、自分でも書いてて分からなくって。後半に出てくる探偵役の男の子、あれは私の分身的な存在で、いちばん愉しかったですね。
主人公のひじりには憧れも反映させています。私はあそこまで強くないですね。行動力があって、まず自分でなんとかしようって思えるタイプ。でも、友達にはなりたくないかな。
 
──虐めのシーンのリアリティは、私の周囲でも話題になってましたよ。

田辺 そうなんですか!? 本当に? 実は本書を書くときに、舞台設定を一九九〇年代の後半にしているんですが、インターネットの黎明期のアングラな雰囲気の世界観で、当時の学校生活を舞台にした作品って、探したんですけど、あまりくって「え、なぜ?」と思いました。
 
──それで御自身の体験を?

田辺 まあ、あまりそのへんのことは言いたくないので(笑)当時は今みたいにSNSも発達してないですし、「タスケテ!」というシグナルが出しにくかったんですよね。
だからきっと、世の中に出なくて、そのとき虐められた辛さという傷を抱えている方は、まだいっぱいいると思うし、今でもSNSにたとえ挙げたとしても、「こいつは悪い」と皆が皆、いっせいに叩いてくれるわけじゃないし、虐めって絶対、なくならないものじゃないですか。この本は、そういう批判を書けるといいかなということで書いたところもあります。

──ミステリという形式を借りて、虐め批判を……。

田辺 批判というほどじゃないですが、こういうことっていうか、似たような雰囲気のことが昔どこかであったかも知れませんね、くらいで……。流石に最後のオチみたいなのは無理だろうけれど、途中のいじめはね、自分の思い出と対峙するみたいで書いててヘビィな体験でした。進学校が舞台で、こんなことありえない……というツッコミもあったんですど、今は世間の噂や評判を気にするから、学校にもよるんでしょうが、私が学生だった頃は、良い評判の学校だからこそ、悪い評判を表に出さないぞという雰囲気もありました。
先生も虐められる側が当然、悪いし、出来れば転校するか、どこかに行ってもらいたい……みたいな感じでの人もいましたし、当時はまだ体罰もありました。
薬物汚染や合成麻薬の話が作中に少し出てくるんですけど、時代が九〇年代後半で、まだ〈マジック・マッシュルーム〉とかも違法ではなかったし、合成ドラッグも──私の属していた世界では、出まわっていました。本当にびっくりする程普通に店で売っていましたね。その話を意外と皆、知らないんですよ。
大阪でも京都でも、輸入雑貨に混じって、駅の近くで普通に売られていたんですが……。
あの頃、ティーンエイジャーにおける麻薬汚染って、かなり深刻じゃなかったかと思います。シンナー遊びから流れてくる人たちも一定数いて。田舎って娯楽がないんですよ。
だから真面目と評判の先輩が普通に●●駅前の店で売ってるよって、ラッシュとかバスボムとか言われる、見るからに怪しげな物を鞄から出して、これをやれば成績上がるからって吸っているのを見てゾッとしたのを覚えています。私は自分の意思が物凄く弱いのを知っているので手を出したことはないんですが、法律で禁止されていないからって何も疑問を抱かずに薬物を吸引していたあの人たちは、大丈夫だったのかな? と、今もたまに思います。

初期のネットの世界は非常にアングラでしたよね、昭和とは違ったヤバさが平成の時代もあって、ドクターキリコ事件とか、集団自殺をしようと持ちかけて、人を殺してしまうとか……私も実は似たような事件を身近で体験するようなことがありました。
それを作中に入れようかと思ったんですけど、さすがに古すぎて共感を得られないという意見があって、結局「ナシ」になっちゃっいました。でも、そういう不安な世界観、今とは違う世界の不穏さを、出せたらいいなと思って、この作品を書きました。
だから何をこの本で感じてもらいたいかというと、一貫した不穏さ、その原因がハッキリ分からないというのと、抗おうとしてもどうしようもない、という怖さ……でしょうか。

私、これが伝わればいいなというのが、いつも書く前にひとつあるんです。たとえば『あめだま 青蛙モノノケ語り』(青土社)とかも、誰も居ない場所で、綺麗だけど寂しくて怖い風景をうっかり見てしまったと感じたというのが何度もあって、その時の情景を少しでも、共感してくれる人がいればということだけを思って書いたんですよ。
なので、杉江松恋さんが同書の書評で、誰も観たことのない泉を観てしまったような畏ろしさ……というようなことを書いてくださっていて、とても嬉しかった。
あ、『致死量の友だち』について、東さんが『タコピーの原罪』と搦めて紹介していただいたのも、とても嬉しくて。タコピーのしずかちゃんは、親の影響から抜け出せないんですよね。こちらが終章に差しかかったあたりで、タコピーの連載が始まったんですけど、ぜんぜん内容は違うけど、ちょっと意識したものがありました。同じように主人公が虐められていて、こちらは〈毒〉って万能感があって、ドラえもんの感じで誘惑をして、でも、使いこなすのはかなり難しい。ちなみに『致死量の友だち』に出てくる毒物は、かなり創作が入っていて、それは小説を真に受けて真似されると厭だからです。

──かなり気を遣っていらしたんですね!

田辺 Twitterとかを見ていると、どんなことでも本当だと思う人がいるんだなって思って。
現実と創作を区別できないっていうホラーを、そのうち書いてもいいかも知れないですね。
 
──この作品について作者として思うことは?

田辺 いま、虐められてる人が読んで、暗い気持ちになるかもしれないけど、こういう不謹慎なことを思ってもいいんだよ、あいつらに対して心の中ではどう思ってもいいんだよということを伝えられたらいいなってことですかね……私の中で学生時代の厭なことを、かなりまだ心に残っているので、それを成仏させることが今回、少しでもできたんじゃないかと思います。
でも、もっと、こう書きたかった……という部分が、いろいろあって。今まで出した本は、書き終えて、わりと満足だったんですけど、今回は、もっとああしたら、こうしたら、よかったな、と。なのでまた、こういったものが書けるといいな、と思っています。

本当はもっと長い話になる予定だったのを、結果的に半分くらいに縮めたんです。このあと第二部みたいな感じで、派手な〈デス・ゲーム〉を開催する予定だったんですよ。それによって、もっともっと荒唐無稽な世界が拡がっていって、それこそ山田風太郎の作品みたいなケレン味のある世界観を拡げていって、血しぶきの中を少女たちが、キャッキャと言いながら、「殺し合いましょう~!」という話になる予定だったんだけど、それはさすがにミステリじゃないよな、と思って(笑)、第一部終了くらいのところで切っちゃいました。それで第一部の終わりは、ネタバレになっちゃいますが、なんとなく〈デス・ゲーム〉の開始を予感させるようなものになっちゃいました……。

──血しぶきの中を少女たちが、キャッキャと言いながら、「殺し合いましょう~!」という話……読みたいですよ(笑)。

田辺 依頼が来れば書きますよ!

──最近の関心のあることや、今後他に書いてみたいテーマってありますか?

田辺 実は私、〈地蔵〉が好きなんですよ。
何で〈地蔵〉に興味を持ち始めたかというと、祖父母の寺がある地域の話なんですけど、和歌山で地蔵を盗む風習があるんです。あのへんは高野山のほうに行く修験道の道もあって、独自の信仰がかなり根づいていて、ぜんぜん本にもなってないし、論文も見つからない話が割とあって……怪談とも違うし。民俗学といっていいのか……。
誰も知られていない風習がまだまだ地方に眠っているんじゃないか、それが異質であることにすら地元の人は気が付いてないんじゃないかって話を調べて書いてみたいですね。

──そのへんは竹書房文庫のご当地怪談シリーズの領域ですかね。毒殺ミステリから怪談まで、ますます今後の展開が楽しみな田辺青蛙さんに、お話をうかがいました。
致死量の友だち / 田辺 青蛙
致死量の友だち
  • 著者:田辺 青蛙
  • 出版社:二見書房
  • 装丁:単行本(320ページ)
  • 発売日:2022-02-21
  • ISBN-10:4576220349
  • ISBN-13:978-4576220345
内容紹介:
苛烈な虐めをうける宇打ひじり。死をも考え始めるが、その時、美しい同級生・夕実から毒で一緒に仕返しをしようと誘われるが――。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
AR事務局の書評/解説/選評
ページトップへ