自著解説

『律令制国家の理念と実像』(八木書店)

  • 2022/08/26
律令制国家の理念と実像 / 吉村 武彦
律令制国家の理念と実像
  • 著者:吉村 武彦
  • 出版社:八木書店
  • 装丁:単行本(482ページ)
  • 発売日:2022-05-02
  • ISBN-10:4840622574
  • ISBN-13:978-4840622578
内容紹介:
律令制国家は何をめざし、実現したのか。気鋭の研究者が描く研究の現在
律令法の施行により法治国家として体系的に整備されていった日本の古代国家。律令法による日本の新しい国づくりと、従来の諸制度や慣習との折りあいはいかになされたのか。
 

戦後の日本古代史学

戦後の古代史学を振りかえると、国家の形成や律令制国家の研究に力が注がれていたことがあらためて確かめられる。古代史研究を牽引してきた研究者の著書では、画期的研究の一つとして評価できる井上光貞『日本古代国家の研究』(1965年、岩波書店)、石母田正『日本の古代国家』(1971年、岩波書店)がある。井上の研究では氏族制の研究をふまえ、七世紀の国制と律令体制の研究が行なわれている。石母田の仕事では、ヨーロッパとアジアに共通する古代国家の形成を理論化しようという問題意識から、日本の古代国家が対外関係とともに、基層として存在する在地首長制を重視して分析されている。今日でも井上・石母田の研究は、古代史研究の出発点と思われる。

彼らの次の世代グループとしては、吉田孝『律令国家と古代の社会』(1983年、岩波書店)、早川庄八『日本古代官僚制の研究』(1986年、岩波書店)、青木和夫『日本律令国家論攷』(1992年、岩波書店)などを例示することができる。いずれも国家を意識した研究であり、その基礎として『令集解』などの律令法研究に裏打ちされた研究成果と評することができる。

これらは主に東京における研究者の仕事であるが、京都では岸俊男『日本古代籍帳の研究』(1973年、塙書房)・『日本古代文物の研究』(1988年、塙書房)などは、直接には国家の問題を対象としていない研究にみえる。岸の研究は、古代史研究の基礎・基本となる戸籍・計帳(籍帳)、木簡、宮都に向けられ、岸の本領がいかんなく発揮されている。岸の教え子の世代となる研究者の著書になると、吉川真司『律令官僚制の研究』(1998年、塙書房)、虎尾達哉『律令官人社会の研究』(2006年、塙書房)、鎌田元一『律令国家史の研究』(2008年、塙書房)など、国家の問題を扱う研究が現れてくる。岸の学風が、自ずから影響しているかと思われる。

以上は、いささか乱暴なかたちで研究史を振りかえったものであり、古代史全体を俯瞰しようとしたものではない。戦後の古代史研究の基本分野に国家史研究が存在していたこと、その背景には律令格式への深い洞察があったことを、あらためて確認することにある。国家の運営が律令格式に基づいて行なわれているかぎり、国家史研究と律令法研究は車の両輪であり、古代史研究の王道の方法と思われる。

ただし、近年の西本昌弘『日本古代儀礼成立史の研究』(1997年、塙書房)、古瀬奈津子『日本古代王権と儀式』(1998年、吉川弘文館)、大隅清陽『律令官制と礼秩序の研究』(2011年、吉川弘文館)などの礼制研究をみると、これまでの古代史研究では礼制への関心が弱かったことは率直に認めなければならない。

古代中国では、律令格式とならんで儀注(礼制)が編纂されていた。日本では7世紀後半に律令制国家形成への途に進むが、律令に先だつ推古朝前後から礼制を部分的に受容しているからである[吉村武彦「東アジアにおける倭国・日本」(吉村武彦・川尻秋生・松木武彦編『地域の古代日本 東アジアと日本』角川選書、2022年)]。律令法の整備は中国的な国家建設を意味するが、推古朝では王宮における朝礼や冠位十二階制、さらに葬礼や外国の賓客を迎えるための賓礼など、一種の「近代化」策がとられていた。推古朝における国家形成の研究には、礼制を正しく位置づけなければなるまい。

 

律令制国家の理念と実像をもとめて

かつて律令制国家論に関して、中世史研究者の一部から「律令虚構論」が出された時期があった。しかし、正倉院文書のほか、おびただしい木簡が出土してからは、律令法に基づく行政システムが稼働していたことは否定できなくなった。出土した木簡から、国の下部組織である「郡」をめぐって、「郡評論争」とよばれる論争も行なわれた。列島の地域行政単位が『日本書紀』に書かれているような「郡」ではなく、「評」であったことが明らかになった。『書紀』の「郡」字は、大宝令の知識で潤色されていたのである。しかし、この現象が表記の変更だけなのか、あるいは何らかの実務内容の変更をともなっていたものなのか、この問題は必ずしも解明されているわけではない。

というのは「国司」の場合、大宝令以降の「国司」とそれ以前の浄御原令時代の「国宰」とは、文字だけではなく、職務内容も異なっていたからである。『続日本紀』大宝元年(701)4月戊午条において「田領を罷めて、国司の巡検に委ぬ」、大宝2年2月乙丑条には「諸国司等、始めて鎰を給はりて罷る。〈是より先、別に税司の主鎰有り。是に至りて始めて国司に給ふ〉」とある。つまり浄御原令制下における田領と税司主鎰の職務が、大宝令制下の国司に追加されており、両者の職務内容が相違していたことはまちがいない[吉村武彦「「浄御原朝庭の制」に関する二・三の考察」(吉村武彦編『日本古代の国家と王権・社会』塙書房、2014年]。

このように日本の古代国家は、律令法の施行により法治国家として体系的に整備されていく。ただし、そのプロセスには、新旧の諸勢力による旧来の法・慣習とのせめぎあいがあったはずである。律令法の施行による日本の新しい国づくりと、その過程における従来の諸制度・慣習との折りあい・折中、つまり諸制度の読み替えや妥協などもともなっていたと推測される。これらの問題を言葉を換えていえば、律令制国家における法支配の理念と施行後の実態の問題である。つまり、「理念と実像」ということができる。本書のタイトルを『律令制国家の理念と実像』としたことは、このような関心による。


明治大学と日本史学

それぞれの私立大学には「建学の精神」がある。明治大学は、1881年に明治法律学校として開学した。文学部は、1904年に法学部・政学部・商学部とともに設置されている。「権利自由」「独立自治」を建学の精神としているが、「「個」を強くする大学」という標語として今日に受け継がれている。歴史学徒を育てるスピリットとして、申し分のない言葉と思われる。

戦後の明治大学の日本史学を代表した研究者として、近世史の木村礎の名をあげるのに誰も異存はないだろう。同僚として過ごしたのは丸4年間にすぎなかったが、史料の熟覧や調査に取り組む態度から学ぶことは多く、大きな学問的刺激を受けた。千葉大学時代から始めていたとはいえ、巡見調査や合宿形式の授業などに工夫を試みた。また、古代史の分野では、戦後、遠藤元男と下出積与が教鞭をとった。遠藤は職人史研究で新たな研究領域を開き、下出は道教をふくむ宗教史研究で力を発揮した。それぞれ古代史学界に名を残した、優れた研究者であった。その後継者として、私が任務を果たしたかどうかは、正直にいって忸怩たる思いがある。


日本史学と考古学の連携

ところで、私が明治大学に赴任した頃、日本史研究室では考古学教員との連携がかなり弱かった。考古学との共同研究に魅力を感じて異動してきた私にとって、当時の状況は物足りないものであった。その後、文部科学省の大型研究(私立大学戦略的研究基盤形成支援事業)や大学院GP(複眼的日本古代学研究の人材育成プログラム)などで、研究・教育面において考古学と共同して研究を実践するようになったが(日本古代文学を含む)、それらが実現するまで少し時間がかかってしまった。

しかし、大塚初重・戸沢充則さんからは研究面で刺激を受けるとともに、多くのことを学んだ。文献(文字)史料が少ない古代史にとって、今や考古学との共同研究は必須である。考古学博物館(後に明治大学博物館として統合)が所蔵する書籍・報告書類も、研究環境として恵まれており、たいへん重要な資料群でもあった。日本全国の博物館・埋蔵文化財センターなどの紀要や報告書は、退職後も利用している。明治大学の考古学には、日本歴史の一分野という認識があり、このような研究環境をこれからも維持してもらいたいと願っている。


古代史演習(ゼミ)で何の史料を読むか

私立の総合大学にとって、学部教育を重視することは、大学の経営上からも当然のことである。しかし、教育は研究が基礎となっている以上、大学院の存在は単なる研究者養成の問題にとどまらず、学部教育における学習支援の面でも大きな効果を発揮する。大学には院生助手という制度があり、給与を通じた経済的支援と学部生への学習支援という両面がある。助手に学部演習へ参加してもらうこともあったが、学習支援を通じて彼ら・彼女ら院生の成長にも寄与できたと思っている。

学部・大学院を問わず、少人数で実施できる演習科目(ゼミ)は、研究・教育の基礎単位である。私の前任校である千葉大学時代には演習後に研究室で研究会を開くなど、事実上半日を充てていたことがあった。東京・千代田区の駿河台校舎には、研究室の会議室がない。こうした面では、地域の小規模な国立大学の良さもあった。問題となるのは、演習科目の素材として何を取りあげるかである。なかには、演習内容は学生と相談して決めるという教員もいる。しかし、教育カリキュラムは大学・大学院教育の根幹であり、歴史学の場合は史料の読解力の育成が基礎となる。

古代史の演習でとりあげる素材として、学部では8世紀の実録である『続日本紀』、大学院では大宝令・養老令に対する明法家の諸説を集成した『令集解』を選ぶことが標準的となっている。史料上の確かな根拠を熟知したうえで、大化前代の社会や平安時代の古記録に領域を拡げるという考え方である。私は基本的にこのスタンスを通したが、一時期、『日本書紀』や『上宮聖徳法王帝説』を対象にしたこともあった。おもしろく講読することができるのであるが、学生諸君の個人学習が弱くなると、どうしても基礎的な知識不足がつきまとう。こうした理由から、学部生には『続日本紀』と『令義解』だけは読解し体得してほしいと考えている。

大学院生には、律令制国家の実態を理解していくために、『令集解』を読解できる力量がどうしても必要である。最近では、『令集解』を読める研究者が減ってきたと思われるのが、たいへん残念である。平安時代や、古代から中世社会への移行研究には、『令集解』の知識がないと、とかく律令法の「理念」を前提に研究を進めることになり、社会の実態を軽視した研究に陥りやすい。

本書『律令制国家の理念と実像』は、明治大学関係者(専任と兼任教員)を除くと、大学院で研究してきた学問仲間の論文集である。すでに大学や博物館・資料館などで働いている研究者もいる。研究テーマは各自の関心に基づいているが、律令制国家の時代(第二部「律令制支配の実像」)を中心に、その前史にあたる第一部「律令制以前の法と支配」、そして律令制以降と思われる第三部「平安時代の法と実像」の三部構成として編んでいる。

編者の願望が活かされているかどうかは読者の判断に委ねたいが、研究水準は「明治流の古代史」ではなく、「日本標準の古代史」だと期待している。いずれの論文も、「強くした〈個〉に応じた論文」になっているはずである。

[書き手]吉村 武彦(よしむら たけひこ)
1945年生。明治大学名誉教授。日本古代史。
〔主な著書〕
『律令制国家の理念と実像』(編著、八木書店、2022年)
『古代王権の展開』〈日本の歴史3〉(集英社、1991年)
『日本古代の社会と国家』(岩波書店、1996年)
『日本社会の誕生』〈日本の歴史1〉(岩波ジュニア新書、1999年)
『聖徳太子』(岩波新書、2002年)
『律令制国家と古代社会』(編著、塙書房、2005年)
『ヤマト王権』〈日本古代史2〉(岩波新書、2010年)
『女帝の古代日本』(岩波新書、2012年)
『古代山国の交通と社会』(共編、八木書店、2013年)
『日本古代の国家と王権・社会』(編著、塙書房、2014年)
『蘇我氏の古代』(岩波新書、2015年)
『大化改新を考える』(岩波新書、2018年)
『新版 古代天皇の誕生』(角川ソフィア文庫、2019年)
『明治大学図書館所蔵 高句麗広開土王碑拓本』(共編、八木書店、2019年)
『シリーズ古代史をひらく』全6冊、(共編著、岩波書店、2019-2021年)
『日本古代の政事と社会』(塙書房、2021年)他多数。
律令制国家の理念と実像 / 吉村 武彦
律令制国家の理念と実像
  • 著者:吉村 武彦
  • 出版社:八木書店
  • 装丁:単行本(482ページ)
  • 発売日:2022-05-02
  • ISBN-10:4840622574
  • ISBN-13:978-4840622578
内容紹介:
律令制国家は何をめざし、実現したのか。気鋭の研究者が描く研究の現在

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