前書き

『フォト・ドキュメント 世界の母系社会』(原書房)

  • 2022/09/28
フォト・ドキュメント 世界の母系社会 / ナディア・フェルキ
フォト・ドキュメント 世界の母系社会
  • 著者:ナディア・フェルキ
  • 翻訳:野村 真依子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(176ページ)
  • 発売日:2022-09-06
  • ISBN-10:4562071974
  • ISBN-13:978-4562071975
内容紹介:
世界の「母系社会」がどのようにして生まれ、歴史をつむいできたのか。10年にわたって撮り続け、交流してきた貴重な写真集。
世界のさまざまな地域では現在も、母系による民族・社会が引き継がれている。それらはいかにして生まれ、その歴史をつむいできたのか。写真家にして研究者でもある著者が10年にわたって撮り続け、交流してきた貴重な記録と写真を収録した書籍『フォト・ドキュメント 世界の母系社会』よりまえがきを公開します。

一方の性が他方の性を支配するのではなく、共存している社会

教育を受ける権利、賃金、自立、政治的代表、避妊の権利――これらは17世紀以降、世界を支配するさまざまな家父長制社会で熾烈な闘いを繰りひろげた末に、女性が奪いとった権利の一部である。

しかし、違った形で機能する社会も数は少ないが存在する。財産の管理、儀式の準備、家族や村に関する重要な仲裁など、いくつかの中心的な権力を女性が握っている社会がある。家父長制の環境にありながらもこのような特異性を維持し、だからといって女性が男性を支配するという逆の体制を示すわけでもない社会がある。

私は民族学者の仕事を指針としつつ、こうした社会を自分の目で見て、写真に収め、その社会から学んだことを伝えたいと考えた。これが本書の目的である。それは鮮やかに彩られた散歩道に似ている。女性が社会の支柱になっている、見慣れない世界に向かって開かれた扉のようだ。2008年、女性が権力を握る社会の実態を少しずつ突き止め、ルポルタージュを企画し始めたとき、自分がこれほど複雑で豊かな社会構造を発見することになるとは想像してもいなかった。

中国のモソ族、インドネシアのミナンカバウ族、グランドコモロ島のコモロ人、エストニアのキフヌ島民、フランスのブルトン人、ケニアのサンブル族とトゥルカナ族、アルジェリアのトゥアレグ族、ギニアビサウのビジャゴ族、メキシコのサポテコ族、米国のナバホ族……ほかにも各地の多くの社会が、それぞれのやり方で女性によって運営されている。

女性が名前と遺産を受け継ぎ、家系の頂点に君臨する社会もあれば、女性が土地と家と農地を所有する社会もある。女性が夫を選ぶ社会もあれば、必要なら女性が離婚を決める社会もある。男性の暴力の犠牲になった女性が、尊厳を取り戻す必要から男性不在の社会で独自の伝統を生み出した場合もあれば、長期にわたる男性の不在に直面して女性が団結した場合もある。女性がそれぞれに経済的役割を与える場合もあれば、女性が財源を管理する場合もある。女性が宗教儀式を取りしきることもあれば、女性が亡くなった男性の魂を体現することもある。女性が議会で決定権を握ることもあれば、女性が国王と同じように支配者の地位に就くこともある。

こうした共同体の特異性は、女性が社会の骨組みとなり、女性の果たす中心的な役割がそのままの形で受け入れられていることにある。実際、女性が母から子へと遺産、姓、地位、責務、居住権などを伝える「母系社会」、またはクロード・レヴィ=ストロースが言うように、女性が結婚後の居住地の選択など継承以外の権力をもつ「母権社会」など、女性の権力という言い方ができる場合でも、大部分の人類学者は「家母長制」という言葉を採用していない。

この言葉は、多くの人々がアマゾン族に対して抱く幻想のせいで頻繁に使用されるものの、家父長制の対称形、家父長制の裏返しとしての家母長制は、「実際には存在したことのない神話的な形態」でしかない。それはフランソワーズ・エリチエが請け合うように、「家母長制が存在するとすれば、それは女性が社会全体を、つまり社会を構成する男性を統率することが前提になる」。

家母長制は存在する、と声高に主張する者もわずかながら存在するが、ここで専門家の議論に立ち入るつもりはない。私の意図は論証することではなく、世界中の女性たちが、あるルールによって自分に託された権力を生かして社会を変革するためにとっている、さまざまなアプローチを知ってもらうことである。

おそらく、現存する社会を明らかな家母長制とみなせないのは、女性たちが、自分たちの社会が均衡の上に成り立つこと、自然が循環するのと同じく自然に等しく属する男女の人生も循環するという見方の上に成り立つことを何よりも知っているからだろう。実際、長年にわたる撮影作業を通して出会ったすべての集団に、「女性は、男性を支配するのではなく包含し、集団の均衡を維持するために注意深く権力を行使する」という傾向があった。

この事実を前にして、家父長制、あるいは一方の性が他方の性に対して主導権を握ることが唯一無二の共存の方法だと信じている者は再考を迫られるだろう。

[書き手]ナディア・フェルキ(フォトジャーナリスト)
大学では国際関係学を専攻。国際機関を含め、さまざまな媒体で活躍している。地球の豊かさと多様性をテーマに訴え続けている。パリ在住。
フォト・ドキュメント 世界の母系社会 / ナディア・フェルキ
フォト・ドキュメント 世界の母系社会
  • 著者:ナディア・フェルキ
  • 翻訳:野村 真依子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(176ページ)
  • 発売日:2022-09-06
  • ISBN-10:4562071974
  • ISBN-13:978-4562071975
内容紹介:
世界の「母系社会」がどのようにして生まれ、歴史をつむいできたのか。10年にわたって撮り続け、交流してきた貴重な写真集。

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