自著解説

『「ひきこもり」と「ごみ屋敷」―国境と世代をこえて―』(名古屋大学出版会)

  • 2023/02/20
「ひきこもり」と「ごみ屋敷」―国境と世代をこえて― / 古橋 忠晃
「ひきこもり」と「ごみ屋敷」―国境と世代をこえて―
  • 著者:古橋 忠晃
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(284ページ)
  • 発売日:2023-02-10
  • ISBN-10:481581113X
  • ISBN-13:978-4815811136
内容紹介:
日本だけではない。若者だけではない。――共通性と違いに目を向けることで、初めて見えてくる処方箋。著者自身の国内外での臨床経験と、精神医学の知見を踏まえつつ、当事者と向きあい、社会に問いかける、「ひきこもり」「ごみ屋敷」問題を根本から考え直す洞察の書。
日仏でひきこもり支援に尽力する精神科医として「世界に貢献する日本人30」(雑誌『ニューズウィーク日本版』、2021年)の1人にも選ばれた古橋忠晃先生。注目の研究者による初の単著が刊行されました。書き下ろしの自著紹介文を特別公開します。

日本の中だけで考えていても見えてこない
「ひきこもり」「ごみ屋敷」への視点とは

私は大学の保健センターで学生の診療に従事する精神科医です。もともとはフランスの精神医学、とりわけ精神病理学を専門的に勉強してきましたが、現在の勤務先に着任した直後の2005年頃から、長期間大学に姿を現さず、自宅に閉じこもっている多くの大学生と臨床で関わるようになりました。

日本とフランスの「ひきこもり」

2008年3月、同僚とともにパリを訪れたときのことです。日本とフランス両国の青年期のさまざまな問題について現地の学生相談担当者と情報交換するなかで、

――インターネット依存の状態になり自室にこもってゲームばかりしている

という学生の事例が話題に上がりました。こうしたフランスの青年も果たして「ひきこもり」なのでしょうか? 社会的・文化的な違いをふまえながら学際的に議論するため、私たちは「日仏ひきこもり共同研究チーム」を立ち上げました。日本とフランスから約25名の研究者(精神医学、教育学、心理学、哲学、歴史学、社会学、医療人類学など)がこのプロジェクトに参加し、現在でも対象とする国や地域をひろげながら精力的に活動を続けています。

フランスの心理学者など臨床の専門家からは、日本の「ひきこもり」はいわゆる「ディオゲネス症候群」ではないか、という指摘を受けることがしばしばあります。ディオゲネス症候群とは、老年期に見られる現象で、不潔で非衛生的な生活をして、自己の身体の状態に無頓着であり、孤独な生活をして、外的支援を拒み、無意味で奇妙な収集癖をもつ――日本でいう「ごみ屋敷」(の住人)に相当する概念といえます。「ごみ屋敷」については、日本でも社会問題の一つとして、医療や福祉、行政などがさまざまな対策や支援に乗り出しています。

「ひきこもり」「ごみ屋敷」に通底するもの

「ひきこもり」と「ごみ屋敷」とが通底するものをもっているのではないか――それが本書全体の問題意識です。さらにいえば、この「通底するものとは何か」という「問い」によって「何が見えるのか」を、くわしく考えていきたいのです。

紋切り型な言い方として、

――ひきこもりはゲームに没頭しながら社会から遠ざかっている

――ごみ屋敷の住人は価値のないものをためこみながら社会から遠ざかっている

というものがあります。しかし、本書の趣旨としては、正確な表現とは言えません。むしろ、

――ひきこもりはゲーム(厳密には「画面」)を通して社会を見続けている

――ごみ屋敷の住人は何らかのもの(そもそも彼らにとっては「ごみ」ではないでしょう)を集めることを通して社会とつながろうとしている

のです。日仏の臨床経験から「ひきこもり」と「ごみ屋敷」に通底している問題にどのような処方箋を示しているのか、ぜひ本書をご一読いただければ幸いです。

「ひきこもり」は病気なのか? 生き方なのか?

日本で「ひきこもり」と聞くと、将来についての暗いイメージを抱く人がほとんどかもしれません。しかし、フランスでは必ずしも同じではなく、子どもが「ひきこもり」であると知った親は、「ひきこもり」でよかった、と考えることもしばしばあります。

2017年以後、私はストラスブール大学で臨床観察医の資格を得て、フランスの「ひきこもり」と直接対話を重ねてきました。ストラスブールでは現地の心理士らとともに「回り道(Détours)」という名称の相談窓口を立ち上げたところ、フランス各地から「ひきこもり」の家族が相談に訪れるようになっています。窓口で対応するスタッフたちへのスーパーヴァイズなどのために、年間計5カ月ほどフランスや周辺諸国に滞在しています。最近では、医療従事者を対象にした講演活動や、市民講座の依頼を受けることも多くなりました。

講演では、フロアから重要な「問い」を投げかけられることがあります。

――「ひきこもり」にとって解決とは何か?

――「ひきこもり」は本当に医療化することが正しいのか?

――「ひきこもり」は一つの生き方(mode de vie)ではないか?

私は、一つの生き方であるかどうかを決めること、ではなく、「ひきこもり」は生き方なのか、病気なのか――そういった問いが立てられるという事実自体が重要だと考えています。生き方と病気との境界についての「問い」という視点は、日本で「ひきこもり」について考察をしているだけではなかなか出てきません。フランスを通して、日本の現象であると考えられていた「ひきこもり」や「ごみ屋敷」の(に関する)経験についての言説を収集すること。そこにこそ、社会と個人との関係におけるある種のパラドックスを読み取る手がかりがあるのではないでしょうか。

[書き手]古橋忠晃(精神科医、名古屋大学総合保健体育科学センター准教授)
「ひきこもり」と「ごみ屋敷」―国境と世代をこえて― / 古橋 忠晃
「ひきこもり」と「ごみ屋敷」―国境と世代をこえて―
  • 著者:古橋 忠晃
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(284ページ)
  • 発売日:2023-02-10
  • ISBN-10:481581113X
  • ISBN-13:978-4815811136
内容紹介:
日本だけではない。若者だけではない。――共通性と違いに目を向けることで、初めて見えてくる処方箋。著者自身の国内外での臨床経験と、精神医学の知見を踏まえつつ、当事者と向きあい、社会に問いかける、「ひきこもり」「ごみ屋敷」問題を根本から考え直す洞察の書。

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ALL REVIEWS 2023年2月20日

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