書評

『顔の考古学: 異形の精神史』(吉川弘文館)

  • 2023/03/07
顔の考古学: 異形の精神史 / 設楽 博己
顔の考古学: 異形の精神史
  • 著者:設楽 博己
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(238ページ)
  • 発売日:2020-12-17
  • ISBN-10:4642059148
  • ISBN-13:978-4642059145
内容紹介:
抜歯やイレズミ、笑いの誇張表現、装身具などを分析し、顔への意識の変化と社会的背景を解明。そこに込められたメッセージをさぐる。

人間関係作る源の歴史探る

土偶の顔、埴輪(はにわ)の顔、土器にヘラで刻まれた顔。遺跡から掘り出される品々には、顔を表したものがよくある。顔は、人間どうしのコミュニケーションを生み出す源で、社会生活の根本なのだ。だが、遺跡から出てきた「顔」を、これまでの考古学は上手に料理できないできた。物の輪郭や厚みや技術を観察して意味を引き出す生真面目な手法には長(た)けているが、そんなものでは対処できないほどの情報にあふれ、こちらの心さえも揺さぶってしまう「顔」を料理するには、才と経験に裏づけられた大胆な包丁さばきが必要である。

著者は、原始の絵画や人物像など、当時の精神文化を反映する品々の研究で名高い。凡百の考古学者が顔の本を書いても出来を疑ってかかるが、設楽さんなら安心だしきっとおいしいぞ、というのが読む前からの期待で、やっぱりそれは裏切られなかった。

本をめくって最初のほうで出会う「顔」は、神奈川県で出土した平安時代の土器に墨で描かれた一つ目の鬼だ。一度見たら忘れられない異形。考古と文献にまたがって資料を駆使し、著者はその原型が中国漢代の悪魔の退治役「方相氏」だったことを突き止める。やがて日本列島に伝わり、埴輪にも表現され、力士や、節分の鬼退治や、歌舞伎の見得(みえ)にまでつながっているというのだから驚く。顔は、いま生きている人どうしの関係を作るだけではない。2000年前の中国宮廷人や、1500年前の埴輪職人や、1000年前の武蔵国の役人と、節分に豆をまく私たちとを、しっかりとした糸で結びつけている。こんなことが実感できるのも考古学の本の醍醐味だろう。

ほかにも、今とちがって男はみんな入れ墨をしていた縄文時代や弥生時代の顔、奇想天外な土偶の顔、鳥の扮装(ふんそう)をした弥生戦士の姿などなど、汲(く)めども尽きぬ「顔」ばなし。それに引き込まれているうちに、戦争や支配、男女格差や差別など、縄文時代から弥生時代にかけて進んだ社会変化を軸とする著者の骨太の歴史観にいつしか深く踏み入って、硬派の歴史書としての魅力にも気づく。

顔の下半分をマスクで隠して過ごす毎日。顔と顔を合わせることの大切さに思いをはせながら味読するに足る一冊だ。

[書き手] 松木 武彦(まつぎ たけひこ・国立歴史民俗博物館教授)
顔の考古学: 異形の精神史 / 設楽 博己
顔の考古学: 異形の精神史
  • 著者:設楽 博己
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(238ページ)
  • 発売日:2020-12-17
  • ISBN-10:4642059148
  • ISBN-13:978-4642059145
内容紹介:
抜歯やイレズミ、笑いの誇張表現、装身具などを分析し、顔への意識の変化と社会的背景を解明。そこに込められたメッセージをさぐる。

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初出メディア

日本経済新聞

日本経済新聞 2021年2月20日

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