自著解説

『墨書土器と文字瓦: 出土文字史料の研究』(八木書店)

  • 2023/03/20
墨書土器と文字瓦: 出土文字史料の研究 /
墨書土器と文字瓦: 出土文字史料の研究
  • 編集:吉村 武彦,加藤 友康,川尻 秋生,中村 友一
  • 出版社:八木書店
  • 装丁:単行本(384ページ)
  • 発売日:2023-02-07
  • ISBN-10:4840622612
  • ISBN-13:978-4840622615
内容紹介:
全国の発掘調査により出土した多様な墨書土器・文字瓦を読み解き、東アジア漢字文化圏での事例など、多彩な論点から古代社会を再現
日本全国から出土する墨書土器。その数は20万点に及ぶといわれている。全国の発掘調査により出土した多様な墨書土器・文字瓦を読み解き、東アジア漢字文化圏での事例など、多彩な論点から古代社会を再現する。
 

文字の歴史を明らかにするために

人類は、文字の使用によって、文明社会に入るといわれる。文字が発明される以前には、絵画や記号文などが存在し、個人・集団の意思表示の役割を担っていた。このように「話すこと・聞くこと」の段階から、さらに「書くこと・読むこと」が付け加わり、文明社会に到達するのである。

国家的支配が問題になる時期には、各種の情報を伝達し、蓄積するために文字は必要・不可欠な存在となった。書く(刻むことも含める)ためには、文字を書く紙・木材・土財・石材・金属などの素材(媒体)と、筆・ヘラ(篦)などの書く道具が必要となる。これらが文字関係の史・資料ということになる。

文字の歴史を明らかにするためには、文字そのものの考察のほか、文字関係の史・資料研究が必要となる。これらのなかには伝世品も存在するが、その多くは地中から出土する遺物である。したがって、もともと残存しやすいものと、しにくいもの、残存できないものとがある。

東アジア共通語としての漢字

さて、地球上では各地域で文字が発明されたが、日本列島では独自の文字を創りだすことはできなかった。しかし、中国大陸から海を隔てて東縁に位置する列島では、直接あるいは朝鮮半島を介して、中国で発明された漢字を受け入れることができた。そして、漢字文化圏に属することによって、中国で発展していた政治思想としての儒教や礼制度、そして漢訳仏典を通じて仏教などの宗教思想、さらに律令を受容して律令制国家を築くことができた。

漢字は、漢字文化圏である「東アジア世界」の共通語の役割を果たしており、漢字の取得によって東アジアの一員となる。列島と大陸とでは、そもそも使用される言葉の意味が違うばかりか、文法構造も異なっていた。しかし、漢字・漢語・漢文を利用することによって、自らの意思や国家意思を表現できるようになり、個人・国家間の意思伝達も可能となった。

20万点近く出土した墨書土器

日本古代では、世界的には希有ともいわれる正倉院文書が存在する。これは『大日本古文書(編年文書)』(東京大学出版会)として、刊行されている。ここには厳密にいえば、「文書」のほか、「帳簿・書類」などが含まれている。

地中から出土する文字史料(資料)としては、木簡が最大の史料群である。その数は五十万点近いといわれるが、奈良文化財研究所のデータベース「木簡庫」で公開されている。ただし、文字が判読できるものは限られている。古代史研究では、『日本書紀』『続日本紀』などの六国史や、『令集解』『類聚三代格』などの法令集を使うことが多い。しかし、編纂物であり、同時代史料としての木簡などとは、史料の性格に違いがある。


木簡についで多いのが、墨書土器(刻書土器を含む)であり、実際には20万点近いと思われる。本来ならば国家的機関によって集成し、データベースを構築するような研究業務である。こうした兆しがなかったため、我々のチームが主に文部科学省(日本学術振興会)の科学研究費の支援を受け、1999年(平成11)から、墨書土器のデータベース構築を進めてきた。当初は手探り状態であったが、現在は双方向性をもち、ネットワーク環境を利用した、オンラインによる日本墨書土器データベースを構築している。科研費という公的資金によって作成しているデータベースなので、原則的に公開するかたちで運用している。

そして第三に、文字瓦や紡錘車(紡輪)の類と漆紙文書である。それぞれ詳細な研究やデータの集成が行なわれている。文字瓦は、明治大学日本古代学研究所のホームページで公開している。紡錘車(墨書・刻書紡輪)については、高島英之「紀年銘刻書紡錘車の基礎的研究」(『日本古代の国家と王権・社会』塙書房、2014年)と本書第三部所収の「7 刻書紡輪」をあげておきたい。また、漆紙文書に関しては、古尾谷知浩『漆紙文書と漆工房』(名古屋大学出版会、2014年)に、漆紙文書の出土遺跡一覧と釈文集成が掲載されている。これらは地道な研究作業を通じて集成されており、出土文字史料としてはきわめて貴重なデータといわなければならない。

多様な墨書土器を読み解くために

本書『墨書土器と文字瓦―出土文字史料の研究―』は、出土文字史料のうち、木簡・漆紙文書を除き、墨書土器・文字瓦・紡錘車に照準をあてて編集した研究論集である。これまでは、墨書土器データベースの構築を中心に力を注いできた。古代史研究に資するためには、全国各地の墨書土器を集成し、ある程度のボリュームが必要と考えてきたからである。


ところが、毎年のように出土する墨書土器のデータ集成には、限りがない。データベースの構築と並行して、中間的なかたちでも研究総括が必要と考えるようになった。そのためチーム内で相談し、研究小括を成果として刊行しようということになったのである。

本書では、列島が漢字文化圏ということもあり、文字どおり東アジア世界を網羅しようと試み、中国・朝鮮半島・ベトナムに視野を拡げている。実際にも、中国・半島・ベトナムには墨書土器が存在しており、南京・慶州・ハノイの各博物館・研究所において実見してきた。現在のところ、墨書土器の点数は日本とは異なって少なく、研究者も限られている(ほかに魅力的な遺跡・遺物が多いということかもしれない)。

本書では、多様な墨書土器と文字瓦・紡錘車という史・資料を考慮して、全体を4部構成(第1部 出土文字史料としての墨書土器・文字瓦/第2部 日本と東アジアの墨書土器/第3部 墨書土器の諸相/第4部 遺跡のなかの墨書土器/附 墨書土器ガイド)として必要なテーマを設定した。我々のチームだけでは必ずしもカバーできないので、墨書土器・出土文字史料に精通している最適の研究者の協力を得ることにした。以上、収録した諸論考と、冒頭の口絵により、墨書土器・文字瓦の研究がより活発となることを願っている。
 
[書き手]
吉村武彦(よしむらたけひこ)
1945年生。明治大学名誉教授。日本古代史。

〔主な著作〕
『墨書土器と文字瓦―出土文字史料の研究―』(共編著、八木書店、2023年)
『律令制国家の理念と実像』(編著、八木書店、2022年)
『古代王権の展開』〈日本の歴史3〉(集英社、1991年)
『日本古代の社会と国家』(岩波書店、1996年)
『日本社会の誕生』〈日本の歴史1〉(岩波ジュニア新書、1999年)
『聖徳太子』(岩波新書、2002年)
『律令制国家と古代社会』(編著、塙書房、2005年)
『ヤマト王権』〈日本古代史2〉(岩波新書、2010年)
『女帝の古代日本』(岩波新書、2012年)
『古代山国の交通と社会』(共編、八木書店、2013年)
『日本古代の国家と王権・社会』(編著、塙書房、2014年)
『蘇我氏の古代』(岩波新書、2015年)
『大化改新を考える』(岩波新書、2018年)
『新版 古代天皇の誕生』(角川ソフィア文庫、2019年)
『明治大学図書館所蔵 高句麗広開土王碑拓本』(共編、八木書店、2019年)
『シリーズ古代史をひらく』全6冊、(共編著、岩波書店、2019-2021年)
『日本古代の政事と社会』(塙書房、2021年)他多数。
墨書土器と文字瓦: 出土文字史料の研究 /
墨書土器と文字瓦: 出土文字史料の研究
  • 編集:吉村 武彦,加藤 友康,川尻 秋生,中村 友一
  • 出版社:八木書店
  • 装丁:単行本(384ページ)
  • 発売日:2023-02-07
  • ISBN-10:4840622612
  • ISBN-13:978-4840622615
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全国の発掘調査により出土した多様な墨書土器・文字瓦を読み解き、東アジア漢字文化圏での事例など、多彩な論点から古代社会を再現

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