書評
『「東京、遂に勝てり」1936年ベルリン至急電』(小学館)
スポーツと政治の複雑な仲
「スポーツには政治を持ちこむな」というお決まりのスローガンが掲げられる時、人はスポーツに真っ新(まっさら)なクリーンイメージを託している。その時の政治は、対照的にドロドロしたダーティな代物だ。だがスポーツと政治との関係は、さほど単純ではない。そもそも政治といっても、スポーツの世界の中に内在化する政治と、スポーツの世界に外圧として加わる政治との二側面がある。しかもイベントとしてのスポーツの発展をみた今日、常にいずれかの面の政治が見え隠れするのは当然だ。むしろスポーツに政治が不可分たることを前提とした上で、なおスポーツには政治から自立した独自の世界があると言うべきだろう。
本書はスポーツと政治とのこの言わば倒錯した関係を、戦前のオリンピックに見出そうとした物語である。焦点は一九三六年ベルリンのIOC総会における紀元二六〇〇年東京オリンピックの決定。ここに至るまでの日本はもちろんのこと、ドイツ、アメリカなど西洋各国、中国、フィリピンなどアジア諸国のオリンピック人間模様を、二十世紀初頭から描き出す。あたかも悠久の大河を下るように、一見無関係な人と人との出会いを一つ一つ紡いでいくのが、著者の手法である。
講道館柔道の嘉納治五郎、体協会長の岸清一、平沼亮三、外交官の杉村陽太郎、永井松三、東京市長の永田秀次郎、それに伯爵副島道正。いずれも戦前日本の政治外交の主流とは無縁だが、スポーツと国際交流に意味を見出した人々によって、東京オリンピックへの道は切り拓(ひら)かれていく。彼等は外に満州事変、内に二・二六事件という障害を乗り越えて、「アジアで最初のオリンピック」を合言葉に、英米独伊はおろかフィリピン、それに何と中国の賛成票までも獲得したのである。
結局は戦火の前に中止のやむなきに至るものの、著者描くもう一つの歴史の意味は重い。それにつけても、著者の実証の裏付けとなる文献・資料の一覧が欲しかったところである。
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