書評

『オリジナル普及版 牧野日本植物圖説集』(三四郎書館)

  • 2023/09/27
オリジナル普及版 牧野日本植物圖説集 / 牧野富太郎
オリジナル普及版 牧野日本植物圖説集
  • 著者:牧野富太郎
  • 出版社:三四郎書館
  • 装丁:単行本(512ページ)
  • 発売日:2023-08-07
  • ISBN-10:4991299322
  • ISBN-13:978-4991299322
内容紹介:
牧野富太郎の明治期の傑作植物画「194図」を網羅する『日本植物圖説集』の復刻版です!

NHK連続テレビ小説「らんまん」の放映は、植物学者・牧野富太郎(1862-1957)の業績が、あらためて注目される契機となりました。これまで「日本植物分類学の父」として知られる氏の仕事の代名詞となってきたのは、晩年に刊行された『牧野日本植物圖鑑』(1940年初刊)でしたが、その土台となったのは、26歳から41歳にかけて刊行した『日本植物志圖篇』『新撰日本植物圖説』『大日本植物志』(以下「3部作」)の仕事であり、ドラマ放映はそれらも広く認知される機会となりました。ボタニカルアートとしての評価も高い、牧野植物画の真髄を示すこれらの業績の見どころは何か?この度、初のオリジナル普及版を製作した出版社・三四郎書館の編集者が紹介します。

蘇る石版・銅版印刷の世界。明治期「牧野植物画」の真髄を完全復刻!

「天然の教場」の経験と「本草書」の知識

奔放な回顧録である『新訂 牧野富太郎自叙伝』(三四郎書館、2023)において、72歳になった牧野は、「私は日夕天然の教場で学んだ」として、「これが今日私の知識の集積なんです」と語り、自身の研究と「天然の教場」での経験の係わりについて述べています。実際、牧野は全国各地の山野に分け入り、採集に明け暮れました。

その一方で、牧野は植物に関する4万5千冊もの蔵書から知識を仕入れる緻密な読書家でもありました。具体的な書物としては、江戸時代に成立した『重訂本草綱目啓蒙』『救荒本草』『植学啓原』等の本草書と実物との不断の照合をおこない、本草学から西欧の植物分類学への「移行」を知的かつ身体的に経験しています。青年期には、西欧の植物分類学に詳しい永沼小一郎(高知中学校教諭)から直接知識を学ぶ機会も得ました。このように牧野の博識の根底には、江戸時代の本草学・博物学の教養が、西欧の植物分類学を咀嚼する培地として生きており、本草学から西欧の植物分類学に至る過程を身体的に経験している、という強味がありました。

 

当時、植物分類学を軌道に乗せるべく奮闘しつつも標本不足の課題があった東京大学植物学研究室の初代教授・矢田部良吉が牧野を歓迎したのは必定でした。「天然の教場」で培った鋭敏な洞察力、そのまま精密な植物画に転化できるという他の植物学者に追随を許さない技能もまた牧野に優位な立場を与えたと言えます。

『日本植物志図篇』『新撰日本植物図説』『大日本植物志』の3部作

このような牧野の特長が遺憾なく発揮されたのが、自費出版の『日本植物志図篇』『新撰日本植物図説』であり、東京帝国大学から発行された『大日本植物志』でした。植物分類学が専門で、植物文化史の著書も多い大場秀章氏(東京大学名誉教授)は、「牧野の植物画の最高傑作は1899(明治32)年から1903(同36)年にかけて出版された『新撰日本植物図説』である」(『牧野富太郎伝に向けた覚書き』「分類」2009年9巻1号)と評し、新属新種のクラガリシダについて、「まちがいなく牧野の植物画中、植物学の立場からみた最高傑作である」(引用同)と評価しています。さらに牧野の観察力の鋭敏さについて、「ナカミシシランに外見がよく似たクラガリシダが、ナカミシシランが分類されるシシラン属ではなく、シシランとは遠縁のノキシノブ属に類似したものであることを喝破した牧野の慧眼は敬服に値する」という指摘は、牧野の「天然の教場」における経験の蓄積と切り離せない洞察の結果と言えそうです。


『日本植物圖説集』から『牧野日本植物図鑑』まで

今回、小社(三四郎書館)が「オリジナル普及版」として復刻刊行したのは、『日本植物志圖篇』(78図版)、『新撰日本植物圖説』(100図版)、『大日本植物志』(16図版)から構成される、1934(昭和9)年に誠文堂新光社から刊行された『日本植物圖説集』になります。刊行当時、牧野は72歳。『牧野日本植物圖鑑』刊行の6年前にあたります。その序文で牧野は、「元来全集と云ふものは実は其人が死んだ後に編むのが当然である、後来後半即ち後全集が出た時此に始めて完璧の全集が出来上がる訳である」と記し、ここにまとめられたものは過去の実績であり、自身の知識の一部分にすぎず、研究過程の書物であることを強調しており、実際、6年後の自身の仕事の集大成となる『牧野日本植物圖鑑』の序文においては、以下のように記しています。

「小生は、我が少壮時代より疾(と)く既に植物圖志の本邦に必要なるを痛感し、遂に意を決して明治21年に『日本植物志圖篇』を発行し、次いで『新撰日本植物圖説』並びに『大日本植物志』等と逐次に公刊したのであったが、これらは皆不幸、中道にして停刊の悲運に遭遇した、大正14年に『日本植物圖鑑』を著した事もあったが、これは固より我が意をして満足せしめ得る労作ではなく、そは畢竟一時臨機の応急本たるに過ぎなかった、故に早晩これをして絶版せしむべき機運の到来するのを俟(ま)っていたのであるが、遂に今日その待望の好期に際会したのは私のもっとも欣(よろこ)ぶところである。」(『牧野日本植物圖鑑』序より抜粋)

この短文は、「3部作」への不満足というよりは、牧野が植物学を志したその少年時代から「本邦に必要なるを痛感」してきた「植物圖志」作成の前段階としての「3部作」の重要性を述べたもので、その自負の反映と捉えられるべきであろうと思います。実際、大画面で緻密な植物画集ともなっている、言わば「天然の教場」の具現化ともいえる『日本植物圖説集』と、本草学から植物分類学へ至った牧野植物学の知識の集大成である『牧野日本植物圖鑑』には、それぞれの価値があり、表裏一体のものと言えるでしょう。


新たな「牧野日本植物図鑑」の姿

これまで「3部作」は断片的な形でしか流通しておらず、原画も博物館や大学に所蔵されており、一般の牧野ファンが観賞することは難しい状況でしたが、この度の『オリジナル普及版 牧野日本植物圖説集』の刊行によって、当時の版面のまま、当時の雰囲気の中で、牧野植物画の最高傑作群を味わうことができるようになりました。

また、小社では牧野植物学のマイルストーンである『牧野日本植物圖鑑』も「オリジナル普及版」として復刊しました。こちらは様々な体裁、編集で現在も新刊として流通していますが、牧野によるオリジナル版は縮刷版でのみ新刊で入手可能となっており、本書は、原典(初版3刷)の判型のままに復刻した初めての試みです。束幅も40ミリの薄さまで縮減し、コンパクト化、軽量化(1100グラム)を実現しました。

いずれの「オリジナル普及版」も版面のクオリティは、スキャニング技術、印刷技術の進展により、高精度な復元に成功し、現代の読者に自信をもって奨められる水準に達したと考えています。

さらに、文中最初に引用した「自叙伝」も『新訂 牧野富太郎自叙伝』として、新組みで読みやすく再編集して刊行しました。「読み通せること」を第一義として、文字の大きさ、ルビ(ほぼ総ルビ)、植物画、トピックに関する写真、詳細な解説(補注)を本文中に豊富に盛り込み、文章中に牧野が関心を示した植物が登場すると、その頁内に『牧野日本植物図鑑』から精密な線画を掲載する工夫を施しました。加えて、巻末付録「森鴎外と牧野富太郎」を初掲載しています。「自叙伝」本文の「ある日の閑談」の節で、牧野は鴎外との交流のエピソードについて触れています。鴎外が牧野に「漢詩に登場する樹木名が、現在のどの樹木に該当するのか」を手紙で問い合わせたという話です。その顛末が、鴎外最長の長編史伝『伊沢蘭軒』の中に登場しており、牧野が登場する二つの章を現代語訳で全文収録しました。分野を異にした、二人の意外な交流を味わうことができます。

以上、『オリジナル普及版 牧野日本植物圖説集』の植物画と、『新訂 牧野富太郎自叙伝』の物語から、あらためて『オリジナル普及版 牧野日本植物圖鑑』を眺めることで、新たな「牧野日本植物図鑑」の姿が発見できるのではないかと思います。

[書き手]
三四郎書館 編集部
2023年4月創業の新しい出版社。学術資料の復刻を中心に、価値ある内容を、時代にあわせたかたちで、読みやすく、丁寧に、全力で作り届けることをモットーとしています。
オリジナル普及版 牧野日本植物圖説集 / 牧野富太郎
オリジナル普及版 牧野日本植物圖説集
  • 著者:牧野富太郎
  • 出版社:三四郎書館
  • 装丁:単行本(512ページ)
  • 発売日:2023-08-07
  • ISBN-10:4991299322
  • ISBN-13:978-4991299322
内容紹介:
牧野富太郎の明治期の傑作植物画「194図」を網羅する『日本植物圖説集』の復刻版です!

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ALL REVIEWS 2023年9月27日

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