書評

『幕府海軍-ペリー来航から五稜郭まで』(中央公論新社)

  • 2023/10/22
幕府海軍-ペリー来航から五稜郭まで / 金澤 裕之
幕府海軍-ペリー来航から五稜郭まで
  • 著者:金澤 裕之
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:新書(216ページ)
  • 発売日:2023-04-20
  • ISBN-10:4121027507
  • ISBN-13:978-4121027504
内容紹介:
ペリー来航などの「西洋の衝撃」を受け、1855年に創設された幕府海軍。長崎海軍伝習、勝海舟らによる咸臨丸の太平洋横断航海、幕長戦争などを経て日本初の近代海軍として成長してゆく。鳥羽・… もっと読む
ペリー来航などの「西洋の衝撃」を受け、1855年に創設された幕府海軍。長崎海軍伝習、勝海舟らによる咸臨丸の太平洋横断航海、幕長戦争などを経て日本初の近代海軍として成長してゆく。鳥羽・伏見の戦いにより徳川政権は瓦解し、五稜郭で抵抗を続けた榎本武揚らも敗れてその歴史的役割を終えるが、人材や構想などの遺産は明治海軍へと引き継がれていった。歴史研究者・現役海上自衛官の2つの顔を持つ筆者が、幕府海軍を歴史と軍事の両面から描く。

誕生と転換、内戦、解体を丹念に

幕府海軍は短命だった。存在したのは十三年ほど。旧幕府艦隊として箱館方面に脱走した期間を入れても十五年ほどだ。ところが、この短命組織が、その後の日本に与えた影響は絶大だ。一例をあげれば、坂本龍馬が坂本龍馬になったのも、幕府海軍の「伝習」教育のせいである。明治海軍といえば薩摩だが、実態は違う。明治五(一八七二)年の『官員全書』で海軍省欄の記載者をみると、旧幕臣が約30%、薩摩が約15%、長州と佐賀が約6%ずつ。教育部門(海軍兵学寮)では半分が旧幕臣だった。日清・日露戦争の海軍士官は旧幕臣から海軍を教わってのち、実戦投入されたのが実際だ。明治は明治が作ったものではない。江戸が作った。

著者は現役海上自衛官でもある。海軍の定義や機能から入り、古代~十八世紀の列島の「海上軍事」をまず論じる。幕府海軍前史で太平の世に幕府船手が「水上警察化」し能力が落ちたとする。本書は紹介しないが、『通航一覧』付録という史料がある。江戸後期の学者は幕府軍艦史をこうみていた。「東照宮(家康)が三河国の時、甲斐信濃の外は領国はみな海岸の地だったので、軍艦等の御備えがあったのは確実だ。関東に移り…江戸深川の御船蔵は御入国の初めより置かれただろう」。しかし、幕府は軍縮をした。「綱吉様の御代、安宅丸(将軍の巨大御座船)を解体されてから自余の船も年につれ朽ち損じ、大坂にある船もそうだった。新井白石が建言してはじめて船を修繕されたよし」

本書は幕府海軍の誕生と転換、内戦への投入と解体を丹念に追う。ペリー来航以後、海軍保有論が高まった。海軍を平時は商船に使う商船艦隊論が勝海舟や伊勢商人・竹川竹斎から生まれたという。そして、オランダが幕府に、海軍創設をすすめ「海軍伝習所」での教育を援助。この伝習所の教えから海舟、龍馬など人材が出た。最初は教育機関だったが、幕府海軍は次第に実働組織化する。咸臨丸で米国に派遣されたが、この時の海舟は不満が激しい。船中、下痢もした。当時の日記(「掌記二」)は東京都大田区立勝海舟記念館に現存するが、「率直な心情が綴られているがゆえに、これまで公開されることなく……」と、著者は書く。

勝は軍艦奉行になると、中古の商船を11隻も買って海軍を大きくした。一八六六年の長州戦争で実戦投入され、軍艦を使った上陸作戦があったが、この近代初の陸海の統合作戦に指揮の統合はなかった。また当時は艦と艦の間の通信が未発達でバラバラ。「艦隊」ではなく、独立的な「軍艦の集団」と、著者はみる。

事後なら何でも言える、と歴史的検証を戒める人がいるが、それは間違いだ。事後に検証できないなら、法廷も裁判官もいらない。中曽根康弘のように「歴史家は歴史法廷の裁判官。政治家は被告」とまでは言わぬが、神に近い視点と当事者視点の二つの検証が要る。本書でも純軍事的に動けない榎本武揚の苦しい姿が描かれている。人間は情報・能力・思想・制度に制約される。政治家や軍人の意思決定は特にそうだ。何が、なぜ、できなかったのか。それを検証すると次の失敗が防げる。
幕府海軍-ペリー来航から五稜郭まで / 金澤 裕之
幕府海軍-ペリー来航から五稜郭まで
  • 著者:金澤 裕之
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:新書(216ページ)
  • 発売日:2023-04-20
  • ISBN-10:4121027507
  • ISBN-13:978-4121027504
内容紹介:
ペリー来航などの「西洋の衝撃」を受け、1855年に創設された幕府海軍。長崎海軍伝習、勝海舟らによる咸臨丸の太平洋横断航海、幕長戦争などを経て日本初の近代海軍として成長してゆく。鳥羽・… もっと読む
ペリー来航などの「西洋の衝撃」を受け、1855年に創設された幕府海軍。長崎海軍伝習、勝海舟らによる咸臨丸の太平洋横断航海、幕長戦争などを経て日本初の近代海軍として成長してゆく。鳥羽・伏見の戦いにより徳川政権は瓦解し、五稜郭で抵抗を続けた榎本武揚らも敗れてその歴史的役割を終えるが、人材や構想などの遺産は明治海軍へと引き継がれていった。歴史研究者・現役海上自衛官の2つの顔を持つ筆者が、幕府海軍を歴史と軍事の両面から描く。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2023年6月17日

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