書評

『古代中国 説話と真相』(筑摩書房)

  • 2024/01/08
古代中国 説話と真相 / 落合 淳思
古代中国 説話と真相
  • 著者:落合 淳思
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(352ページ)
  • 発売日:2023-07-14
  • ISBN-10:448001778X
  • ISBN-13:978-4480017789
内容紹介:
殷の紂王の《酒池肉林》、呉王夫差と越王句践の《臥薪嘗胆》、秦の始皇帝の《焚書坑儒》……、『史記』にも記され、広く知られる古代中国の説話は真実か? もちろん、これらは後世の創作である。… もっと読む
殷の紂王の《酒池肉林》、呉王夫差と越王句践の《臥薪嘗胆》、秦の始皇帝の《焚書坑儒》……、『史記』にも記され、広く知られる古代中国の説話は真実か? もちろん、これらは後世の創作である。本書では、信頼できる資料に拠って、これらの虚構を検証すると共に、貴族制が専制君主制に移行した春秋・戦国時代の社会制度、勢力バランス、法治システムを浮彫りにする。初期の王朝から貴族の台頭、そして中国統一へ、説話を検証し、中国古代史をいきいきと再構築してみせる意欲作!

【目次】
はじめに
第一章 三皇五帝――禅譲・放伐
第二章 夏の禹王――九州の治水
第三章 殷の紂王――酒池肉林
第四章 周の幽王――笑わない褒姒
第五章 斉の管仲――衣食足りて礼節を知る
第六章 楚の荘王――鼎の軽重を問う
第七章 夫差と句践――臥薪嘗胆
第八章 魯の孔子――由らしむべし、知らしむべからず
第九章 魏の恵王――五十歩百歩
第十章 蘇秦と張儀――合従連衡
第一一章 戦国四君と呂不韋――奇貨居くべし
第一二章 秦の始皇帝―焚書坑儒
終章 古代中国史の研究方法
結び
主要参考文献

漢字学を突破口に拡がるフロンティア

「臥薪嘗胆」「酒池肉林」を学校で習った。どれも史実でなくて説話(つくり話)だ。中国古代の真の姿にどう迫るか。歴史学者・落合淳思氏の挑戦が始まる。
まず司馬遷の『史記』。傑作すぎて、これこそ歴史だとみんな思った。でも説話が沢山まぎれ込んでいる。当時は、説話も実際の出来事だと信じられていたのだ。

儒学がそれに輪をかけた。儒学は過去を理想化する。孔子や弟子たちが編集した経典は、歴史の真実とかけ離れた内容になった。

儒学はいう。最初の王は堯。つぎが舜、そして禹。禅譲で王位を継承した。禹の後は世襲で、夏王朝が成立。それを湯王が倒して殷王朝が、それを武王が倒して周王朝ができた。孔子は武王の弟の周公旦を聖人として尊敬した。
夏王朝は実在したか。実在したに決まっている、と儒学はいう。でも実は、裏付け史料がない。

裏付け史料は甲骨文や金文(きんぶん)だ。金文は金属器に刻まれている。竹簡や木簡もある。遺跡や副葬品として発掘される。これらの研究が進んで、歴史学は古代説話の真偽を検証できるようになった。

発掘が明らかにした中国最初の王朝は「二里頭(にりとう)文化」。河南省の遺跡で、夏王朝の時期に当たる。でも支配地域が小さく、位置もずれている。そもそも殷や周の発掘文字史料に夏王朝への言及が一切ない。夏王朝の《説話は、すべて春秋時代以降に創作されたもの》だ。なお中国政府は夏王朝の存在を公認していて、話が複雑だ。

夏の桀王、殷の紂王は暴君だった。だから放伐(クーデター)は正しい。儒学はこの理屈で、歴代王朝を正統化する。「酒池肉林」はそのための創作なのである。

こんな具合で、中国人や日本人が抱く中国古代のイメージは、戦国時代につくられた説話が大部分だ。なぜ説話なのか。当時の無名知識人は、古人に仮託して考えをのべた。老子や孫子の実在も疑わしい。過去の実態が忘れられ、当時の常識を過去に投影した。細部が不自然で、すぐ創作とわかる。「合従連衡」の故事も、歴史的裏付けのない虚構であるという。

大事な指摘を紹介しよう。「覇権」の本来の意味。春秋時代は貴族制で、君主の権力は限定的。だから≪覇者は会盟を通して中小諸侯を保護≫し、≪緩やかに支配した。…覇者が主宰する会盟は、互恵関係(ギブアンドテイク)だ≫った。覇は当て字で元は「伯」。諸侯の「リーダー」の意だ。ところが戦国時代に戦法が歩兵主体に変化して貴族が没落、諸侯は専制君主に変貌した。儒学では『孟子』が王道(徳の統治)/覇道(武力の統治)を峻別した。「覇」は悪い意味になった。

国際政治に「ヘゲモニー」という概念がある。覇権と訳す。語感が悪い。かつて中国は、覇権主義反対、超大国にならないと言っていた。最近は聞かない。覇権を追求しているのかもしれない。

漢字でものを考えると、漢字の意味に縛られる。それから自由になりたければ、漢字の観念の成り立ちを探り、古代中国の真相を知らねばならない。中国人や日本人への宿題だ。本書は、最新の科学的知見と方法を武器に、古典とされるテキストを、真実/説話(つくり話)に、ばさりばさりと切り分けていく。白川静の切り開いた漢字学を突破口に、歴史学~文学~社会科学にどんなフロンティアが拡がるかをみせてくれている。
古代中国 説話と真相 / 落合 淳思
古代中国 説話と真相
  • 著者:落合 淳思
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(352ページ)
  • 発売日:2023-07-14
  • ISBN-10:448001778X
  • ISBN-13:978-4480017789
内容紹介:
殷の紂王の《酒池肉林》、呉王夫差と越王句践の《臥薪嘗胆》、秦の始皇帝の《焚書坑儒》……、『史記』にも記され、広く知られる古代中国の説話は真実か? もちろん、これらは後世の創作である。… もっと読む
殷の紂王の《酒池肉林》、呉王夫差と越王句践の《臥薪嘗胆》、秦の始皇帝の《焚書坑儒》……、『史記』にも記され、広く知られる古代中国の説話は真実か? もちろん、これらは後世の創作である。本書では、信頼できる資料に拠って、これらの虚構を検証すると共に、貴族制が専制君主制に移行した春秋・戦国時代の社会制度、勢力バランス、法治システムを浮彫りにする。初期の王朝から貴族の台頭、そして中国統一へ、説話を検証し、中国古代史をいきいきと再構築してみせる意欲作!

【目次】
はじめに
第一章 三皇五帝――禅譲・放伐
第二章 夏の禹王――九州の治水
第三章 殷の紂王――酒池肉林
第四章 周の幽王――笑わない褒姒
第五章 斉の管仲――衣食足りて礼節を知る
第六章 楚の荘王――鼎の軽重を問う
第七章 夫差と句践――臥薪嘗胆
第八章 魯の孔子――由らしむべし、知らしむべからず
第九章 魏の恵王――五十歩百歩
第十章 蘇秦と張儀――合従連衡
第一一章 戦国四君と呂不韋――奇貨居くべし
第一二章 秦の始皇帝―焚書坑儒
終章 古代中国史の研究方法
結び
主要参考文献

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2023年10月7日

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