体はユルいもの、つまり自分で完全にコントロールできないものだからこそ新しいことができるようになるのだ。テクノロジーと体の関係を見る五つの研究から著者が導き出した結論である。
ピアノ演奏、野球投手の投球、スポーツのコーチング、リハビリテーションなどで、できなかったことができるようになるとはどういうことかを追う。五本の指を入れると勝手に動く装置でピアノの素早い打鍵を体験すると、「あ、こういうことか」と分かってイメージが生まれ、できる可能性が高まる。ここから、筋トレでなく感覚トレーニングの重要性が浮かび上がる。桑田真澄元投手に同じフォームでの投球を求めたところ、毎回フォームは異なりながら常に狙い通りの場所に投げられたという話は、人間の持つゆらぎ・ノイズの意味を考えさせる。数多くあげられる機械と人間との関わりの中から見えてくる人体のもつ可能性は、どれも興味深い。著者は「できるようになる」ことについて考えることで、社会におけるテクノロジーのあり方を自分のこととして考えよう、できるを他人との比較で考えずそのふしぎに関心を向けようと提案する。