「町医者こそが医師という職業の集大成なのだ」。本書のメッセージはこの結びの言葉に尽きる。九州で野北保造が始めた医院は、四代百年続いている。そこは、戦争や高齢化など社会の変化とその中での庶民の暮らしを反映する場であり、日常の中で生きるとは何かを考える場である。保造は虫医者と呼ばれ、子どもから七九六匹もの蛔虫(かいちゅう)を出し、世界記録でないのを残念がる、人情味豊かな先生だ。
次の宏一は、軍医として厳しい体験をする。「歩行困難な患者は、適当に処置せよ」という命令など辛い体験の中で、戦死した上官の妻と結ばれる。三代目伸二は、医院に介護老人保健施設を付設し、行き場のない高齢者に向き合う。市民病院の外科で糖尿病患者の肥満手術に携わる長男健は、糞便移植に熱心な婚約者と共に医院を継ぐつもりだが、今は新型コロナウイルスへの対処に忙しい。病気も老いも、技術やシステム以上に人間の支えが大事だ。宏一が、膵臓がんと分かった時に無治療を望み、伸二をはじめ家族が悩みながら「わしには今が潮時」という言葉を受け容れるところが印象的だ。