書評
『蝿の帝国―軍医たちの黙示録』(新潮社)
軍医を通じて描く戦争の悲惨
戦記ものの中でも、あまり取り上げられることのない、軍医を主人公にした連作短編集である。この本を書くために、著者は回想録や専門雑誌を丹念に渉猟し、軍医の仕事のなんたるかを、徹底的に調べたようだ。そして、それらを解体し、分析し、消化し、取り込み、再構築したのが本書、ということになろう(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2011年)。収録作品は、いずれも一人称で書かれているが、そこに出てくる〈私〉はすべて、別の軍医である。つまり、いろいろな軍医の手稿を集めた記録文集、というかたちをとっている。
ただし、この〈私〉はすべて著者その人、といってもよい。著者は、取り込んだ情報を再構築するにあたり、当該人物になりきってその行動を追体験しよう、と決めたと思われる。そうすることで、戦争の悲惨さ、空しさを自分のものとして体感し、さらにそれを読者に共有してほしい、と考えたに違いない。
開戦70周年にふさわしい労作である。
朝日新聞 2011年10月2日
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