書評
『アメリア・イヤハート最後の飛行: 世界一周に隠されたスパイ計画』(新潮社)
空に消える
最高の死に方とはどんな死に方だろうか。意外なのは、こういうことを真剣に考えたのは、子供の頃とか、生命力旺盛な思春期、青年期だったということだ。歳を取ると、死に方は選べない、という考え方に傾いてくる。
むかしは、大空で死ねるんだから飛行士なんかいいかもしれない、と思った。その頃、僕はパイロットのことを飛行士という古臭く不正確な言い方で呼んでいた。いまだに癖がぬけない。戦争映画をさんざん観た後遺症か。だけど、この飛行士というのも、たいがいは地上で死ぬんだな。
先日の新聞(一九九七年五月六日付読売新聞朝刊)に、アメリア・イヤハートの冒険を再現しようとして、アメリカの女性実業家がプロペラ機での世界一周に挑戦している、と大きく出ていた。今年は、女性冒険飛行家アメリア・イヤハートが生まれてからちょうど百年目らしい。彼女は世界一周飛行の途中、南太平洋上空で消息を絶った。きっかり六十年前のことだ。
ランドール・ブリンクというアメリカのジャーナリストの書いた『アメリア・イヤハート最後の飛行』を読むまで、僕はアメリア・イヤハートという女性飛行家がいたことも知らなかった。僕だけでなく、おおかたの日本人にはなじみのない名前ではないだろうか。しかし、彼女は、一九三〇年代のアメリカのスーパースターだったのだ。
アメリアはまぎれもなく一九三〇年代の流行と勇気の偶像だった。背が高く、魅力的なほっそりとした体つきで、いつも明るいがどことなく控えめな微笑を浮かべ、頻繁に婦人雑誌の表紙や特別記事や人気の高いパテ社やムービートーンのニュース映画に登場した。何百万人もの女性たちが、それぞれのイメージでアメリア・イヤハートを模倣した。
虚名だったわけではない。女性として最初に単独で大西洋を横断した壮挙をはじめとする、数々の飛行記録が裏づけになっている。やがて彼女は、あまりにも危険なので、誰も企てなかった、航空界でも最大の挑戦、赤道に沿っての最長距離世界一周を計画し、実行に移す。
空を飛ぶことへのあこがれと執念の背景には、アルコール中毒症の父親との少女時代からのかっとうがあったらしいことを著者はほのめかしている。
一九三七年七月二日、最終航程である太平洋横断をめざしてアメリア機はニューギニアのラエを飛び立ったが、そのまま消息を絶つ。海軍によって大がかりな洋上捜索が行なわれたのに痕跡さえ発見されなかった。
航空・海洋関係を専門とする著者は、「人間と飛行機が痕跡も残さず消えることはない」と確信する。不時着させられて、機体ともども日本軍に収容された、というのが著者の結論だ。ルーズベルト大統領直命のスパイ飛行だった、という「巧妙に隠された真相」を含めて、著者はこれ以外に答えはないと断言する。
スーパースターが実はスパイだったとする説など、語るにおちるといった感もないではない。しかし、彼女が生きて日本軍につかまり、東京へ、さらに中国の日本占領地へ送られ、戦後まで生きつづけ、例の“東京ローズ”となったという推論は、イエスや義経など東西のスーパースターの例に似て、伝説化してやろうという著者の手つきもかいまみえて、おもしろい。
僕としては、アメリアは文字通り大空に消えたのであってほしい気がする。そんな行方不明願望は、「空に吸われし十五の心」(啄木)にしか通用しない夢想だろうか。
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