書評

『アメリア・イヤハート最後の飛行: 世界一周に隠されたスパイ計画』(新潮社)

  • 2024/05/03
アメリア・イヤハート最後の飛行: 世界一周に隠されたスパイ計画 / ランドール・ブリンク
アメリア・イヤハート最後の飛行: 世界一周に隠されたスパイ計画
  • 著者:ランドール・ブリンク
  • 翻訳:平田 敬
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(246ページ)
  • 発売日:1995-06-01
  • ISBN-10:4102462015
  • ISBN-13:978-4102462010
内容紹介:
1937年7月2日。史上初の世界一周飛行に挑戦中の女性パイロット、アメリア・イヤハートが南太平洋上空で行方不明となった。半世紀以上を経た今も、失踪の真相は明らかではなく、様々な憶測を生んでいる。果たしてアメリアは事故死したのだろうか。あるいはスパイとして日本軍に処刑されたのか。「20世紀最大の謎」と呼ばれる失踪事件の真実に迫る、力作ノンフィクション。

空に消える

最高の死に方とはどんな死に方だろうか。

意外なのは、こういうことを真剣に考えたのは、子供の頃とか、生命力旺盛な思春期、青年期だったということだ。歳を取ると、死に方は選べない、という考え方に傾いてくる。

むかしは、大空で死ねるんだから飛行士なんかいいかもしれない、と思った。その頃、僕はパイロットのことを飛行士という古臭く不正確な言い方で呼んでいた。いまだに癖がぬけない。戦争映画をさんざん観た後遺症か。だけど、この飛行士というのも、たいがいは地上で死ぬんだな。

先日の新聞(一九九七年五月六日付読売新聞朝刊)に、アメリア・イヤハートの冒険を再現しようとして、アメリカの女性実業家がプロペラ機での世界一周に挑戦している、と大きく出ていた。今年は、女性冒険飛行家アメリア・イヤハートが生まれてからちょうど百年目らしい。彼女は世界一周飛行の途中、南太平洋上空で消息を絶った。きっかり六十年前のことだ。

ランドール・ブリンクというアメリカのジャーナリストの書いた『アメリア・イヤハート最後の飛行』を読むまで、僕はアメリア・イヤハートという女性飛行家がいたことも知らなかった。僕だけでなく、おおかたの日本人にはなじみのない名前ではないだろうか。しかし、彼女は、一九三〇年代のアメリカのスーパースターだったのだ。

アメリアはまぎれもなく一九三〇年代の流行と勇気の偶像だった。背が高く、魅力的なほっそりとした体つきで、いつも明るいがどことなく控えめな微笑を浮かべ、頻繁に婦人雑誌の表紙や特別記事や人気の高いパテ社やムービートーンのニュース映画に登場した。何百万人もの女性たちが、それぞれのイメージでアメリア・イヤハートを模倣した。

虚名だったわけではない。女性として最初に単独で大西洋を横断した壮挙をはじめとする、数々の飛行記録が裏づけになっている。やがて彼女は、あまりにも危険なので、誰も企てなかった、航空界でも最大の挑戦、赤道に沿っての最長距離世界一周を計画し、実行に移す。

空を飛ぶことへのあこがれと執念の背景には、アルコール中毒症の父親との少女時代からのかっとうがあったらしいことを著者はほのめかしている。

一九三七年七月二日、最終航程である太平洋横断をめざしてアメリア機はニューギニアのラエを飛び立ったが、そのまま消息を絶つ。海軍によって大がかりな洋上捜索が行なわれたのに痕跡さえ発見されなかった。

航空・海洋関係を専門とする著者は、「人間と飛行機が痕跡も残さず消えることはない」と確信する。不時着させられて、機体ともども日本軍に収容された、というのが著者の結論だ。ルーズベルト大統領直命のスパイ飛行だった、という「巧妙に隠された真相」を含めて、著者はこれ以外に答えはないと断言する。

スーパースターが実はスパイだったとする説など、語るにおちるといった感もないではない。しかし、彼女が生きて日本軍につかまり、東京へ、さらに中国の日本占領地へ送られ、戦後まで生きつづけ、例の“東京ローズ”となったという推論は、イエスや義経など東西のスーパースターの例に似て、伝説化してやろうという著者の手つきもかいまみえて、おもしろい。

僕としては、アメリアは文字通り大空に消えたのであってほしい気がする。そんな行方不明願望は、「空に吸われし十五の心」(啄木)にしか通用しない夢想だろうか。

【この書評が収録されている書籍】
新版 熱い読書 冷たい読書  / 辻原 登
新版 熱い読書 冷たい読書
  • 著者:辻原 登
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(452ページ)
  • 発売日:2013-08-09
  • ISBN-10:4480430881
  • ISBN-13:978-4480430885
内容紹介:
古典、小説、ミステリー、句集、学術書……。文字ある限り、何ものにも妨げられず貪欲に読み込み、現出する博覧強記・変幻自在の小宇宙。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

アメリア・イヤハート最後の飛行: 世界一周に隠されたスパイ計画 / ランドール・ブリンク
アメリア・イヤハート最後の飛行: 世界一周に隠されたスパイ計画
  • 著者:ランドール・ブリンク
  • 翻訳:平田 敬
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(246ページ)
  • 発売日:1995-06-01
  • ISBN-10:4102462015
  • ISBN-13:978-4102462010
内容紹介:
1937年7月2日。史上初の世界一周飛行に挑戦中の女性パイロット、アメリア・イヤハートが南太平洋上空で行方不明となった。半世紀以上を経た今も、失踪の真相は明らかではなく、様々な憶測を生んでいる。果たしてアメリアは事故死したのだろうか。あるいはスパイとして日本軍に処刑されたのか。「20世紀最大の謎」と呼ばれる失踪事件の真実に迫る、力作ノンフィクション。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

サンデー毎日

サンデー毎日 1996年6月2日号~1997年12月14日

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
辻原 登の書評/解説/選評
ページトップへ