書評
『暴力団』(新潮社)
暴力団の終わりを示しているのか
ぼくが書店員だったころ、ときどき近所のヤクザが本を買いにきてくれた。刑務所にいる兄貴分への差し入れの本だ。ミステリーばかり何冊も買ってくれた。領収証の宛名を聞くと、「〇〇組!」と見得を切るように言ってから、慌てて「まちがった。〇〇商事にしてくれ」と訂正した。全国で暴力団排除条例がつくられている。東京都でもこの10月1日から施行された。もう書店員は、差し入れのためのミステリーを売れなくなったのだろうか。
溝口敦の『暴力団』は、暴力団、とりわけ山口組について書いてきたノンフィクション作家による暴力団解説書である。暴力団とは何か、どうやって稼いでいるのか、人間関係はどうなっているのかなど、一般の人が知っているようで知らない基礎知識が並んでいる。
暴力団はもはや絶滅危惧種であるらしい。暴力団対策法や排除条例などで囲い込まれていることもあるけれども、その存在そのものが時代と合わなくなってきているからだ。土木工事の談合など、甘い汁を吸う機会も減っている。
その意味で、島田紳助の引退は象徴的だった。引退とその後の報道は、暴力団とつきあいのある芸能人がどんな目に遭うのかをまざまざと見せつけた。暴力団と関わり合うのは、芸能人にとっても損なのである。そもそも、こういう一般市民向けの平易な解説書が出版され、ベストセラーになるということ自体、暴力団の終わりを示しているのかもしれない。
とはいえ、組織としての暴力団がなくなっても、暴力をふるう人がいなくなるわけではない。暴力団は零落、四散し、マフィア化するだろうと著者はいう。暴力がより見えにくく、悪質になる可能性だってある。暴力団対策法ができてチンピラが野放しになり、オヤジ狩りなどが増えたと言う人もいるのだから。
暴力団排除もいいけれども、電車の中で酔って暴れるフツーのサラリーマンも、なんとかしてほしいと思ったりして。
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